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053 スイス・ツェルマット ねずみ返し ~昔日の生きる工夫を想像~

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 静岡市の登呂遺跡と同様な造りが見られるのはうれしい。カラマツ材で造られた「ねずみ返しの小屋」である=写真上。古代、食料や資料などを保存する高床式の建物だ。登呂遺跡は木製だが、ツェルマットに代表されるねずみ返しは、横に剥がれやすいものの、上下の圧力に強い鉄平石でできている=写真下。

 駅から、観光客でごった返すバンホフ通りを500メートルほど南へ。ガイド組合事務所の向かいの小路を少し東へ下った場所に、ねずみ返しの小屋がある。スイスの文化遺産として保存され、10軒以上が密集している。意識して探さないと、観光客は見逃してしまう。

 かつては寒冷地だったために、小屋の中に、収穫が乏しかった穀物や乾燥肉を蓄えた。これを狙うネズミは住民の頭痛の種だった。大きな鉄平石なら、ネズミがかじってもびくともしない。生活の知恵だ。

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 この周囲に残る住宅も質素だ。昔日の生活を想像できる。信州と同じく、丘陵地で寒冷地には、稲作や畑作にとって、様々なマイナス要因ばかり。生活のために人々は開墾や節約をして生きていく工夫を繰り返した。ツェルマットも、アルプといわれる牧草地を切り開き、数少ない収穫を大事に保存する。

 だが、19世紀に思わぬ登山ブームがやってきた。イギリスなど先進各国が、覇権を争うように未踏峰の初登頂を競い合う。これに、イギリス人のエドワード・ウインパーのマッターホルン征服と彼の著書「アルプス登攀(とはん)記」などの影響が加わり、マッターホルンの魅力が世界中に知れわたった。

 ガイド組合の設立、ホテルなど設備面の拡充やリフトの開設など、ブームに沸いた。貧しかったツェルマットに人々が押し寄せ、マッターホルンは今や、クライマーやトレッカーなどの憧れの山の世界ランク1位だ。

 もし、マッターホルンがなかったら、ツェルマットに人は集まるだろうか。地元のホテルオーナーも「それはないだろう」と認める。たった一つの孤高の山のおかげで村は潤う。

 この村はガソリン車が規制されていて、電気自動車や馬車が代用され「環境に優しい村」として紹介される。ガソリン車乗り入れが提案されたこともあったが、環境保護派が阻止。イタリア側やツェルマットの麓からマッターホルンにケーブルカーを敷設する計画も持ち上がったが、スイス国民や他国の山岳会の猛反対とそれへの支持があって頓挫した。

 貧しかったころの生活を振り返り、原点に立ち戻ることの大切さを、ねずみ返しの小屋と周辺の旧家屋が教えてくれている。
(2014年11月29日号掲載)
 
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