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29 地震発生時 ~つぶれた家の下に家族ら~

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 坂屋嘉助の雇いの春吉という者、地震の前に善光寺大門町某という旅籠屋へ婿養子になった。地震の夜、用事があって堂庭へ行ったところ、にわかに大地震が起きた。

 家並みがヒシヒシとつぶれたので魂を失い、宅まで駆けつけたところ、早くも所々より火災発生、家はつぶれ、家族はみな家の下になり、いかにともしかたなく、助け出そうと駆け回ってみても、元来、瓦ぶきなので一人の力では助け出すことはできなかった。

 そうこうしているうちに、下女一人が壁の間より頭を出し、「助けてくれ」と叫ぶので、さっそく助けようと思うけれど、四方より猛火が盛んに吹きかけ、その暑さに耐えがたく、着物を脱ぎ、真っ裸になって、ようやく下女を救出した。

 「家族はどうなったか」と聞くと、「奥の方に居給う」と言う。とても救出は難しいところ、ようやく逃げ出して助かったということである。

    ◇

 上ケ屋村の百姓は用事で善光寺に止宿し、大門町辺へ買い物に出た。にわかの大地震で町へ駆け出したところ、早くも両側の家並みが倒れ、通れなくなったので、倒れた家の上に登った。その峯を渡って堂庭まで来て、堂裏の山手へ出て荒安村に至り、夜の中に上ケ屋村まで逃げ行き助かったという。長谷川深美がこの夜、御用で上ケ屋で止宿し、翌朝、聞いたことである。

    ◇

 稲荷山の町がつぶれて大火となった際、ある家の家族が閉じ込められたまま、主人一人が逃げ出した。息子は棟に打たれて半身外へ出たけれど、大木に押しつけられて身動きもできなかった。

 父はこれを見て助けようとしたが、一人の力には限りがある。子は親の足に取りつき「助けてくれよ」と叫んだが、いかんともできずにいたところ、一円の猛火となって、この家へも燃えうつり、とてもだめだと観念。家族は残らず焼け死んだという。この心情、いかばかりか。
(2015年1月17日号掲載)


 
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