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05 式年大祭 ~宝光社祭神が中社へ遷座~

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 戸隠神社の最大の行事が、7年目ごとに一度行う「式年大祭」だ。今回は4月25日(土)から5月31日(日)まで行う。

 宝光社の祭神・天表春命(あめのうわはるのみこと)が、父神である中社の祭神・天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)の元へみこしに乗って移り(渡御)、2神が対面する。約2週間後、天表春命は再びみこしで宝光社に戻る(還御)。2神が中社に並び祭られる期間を中心に、大祭中だけの行事が毎日行われる。

 大祭の本来の意味は、平安時代に分祀されて発足した中社、宝光社から元の社である奥社へ、定期的に「神業」を報告しに行くことといい、現代の形は簡略化したものといえる。

 同神社責任役員で長野高専名誉教授の二沢久昭さんによると、大祭の原型は、天台寺院だった江戸時代に行われていた本地仏の御開帳だ。近代の式年大祭は1900(明治33)年、国幣社昇格10年を祝って行われた臨時祭が初め。現在のようにうし年、ひつじ年に行うようになったのは30(昭和5)年からで、中社が焼失した43年と奥社が雪崩で倒壊した79年を除き続いている。

 神社は、大祭ごとに記念事業も行ってきた。近年では91(平成3)年にみこしを新調、97年に「戸隠信仰の歴史」を出版、2003年に修験道の柱松神事を復活させた。

 今回も記念出版を準備しているほか、宝光社の「御神座回廊」を巡る特別参拝、九頭竜社前に立てた柱と本殿を「結びの糸」でつなぐ試みを初めて行う。渡御(5月6日(水))と還御(同24日(日))では、30年ぶりに江戸時代に造られたみこしを使うのも話題だ。

 みこしは1804(文化元)年に造られ、180年間使われた。平成のみこし新調後は社宝として保管されてきたが、今回、傷んだ部分の修理、漆の塗り直しなどを行い、「見違えるようにきれいになった」(禰宜(ねぎ)の水野邦樹さん)という。

 平成のみこしは約900キロの重さがあるとされ、行程の一部ではトラックに載せていた。今回はそれより軽く、全行程で約50人の男たちが肩に担ぐ。

 今回の式年大祭は、「いのりをつなぐ『神と仏に出会う年』」をキャッチフレーズに、善光寺御開帳との「両詣で」を打ち出している。

 江戸時代の顕光寺(戸隠神社の前身)と善光寺とは、御開帳で連携するなどのつながりが明らかになってきた。前回09年には、御開帳の法要に神社宮司が、式年大祭の神事に大勧進貫主と大本願上人が初めて参列し合った。

 水野禰宜は「御開帳の善光寺にお参りをしたら、ぜひ戸隠へも足を運んでほしい」と呼び掛けている。
(2015年4月11日号掲載)

=写真=前回2009年式年大祭の渡御の行列。1991年に作られた「平成のみこし」で行われた