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86 「啓象」と名付ける ~学問の仕方書いた軸~

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 佐久間象山にあやかって父親から「啓象」と名付けられた御仁が千曲市にいる。「功成り、名遂げた」人物は東京工業大学名誉教授で工学博士(高分子学)の宮坂啓象さん(83)だ。「啓(ひらき)」は佐久間の名、「象(ぞう)」は雅号の「象山」。ここからの命名という。

 宮坂さんによると、象山が「省けん録」で論じた文章を、父親の勝利さんが揮毫した。その軸が残っている。

 日き一移。千載無再来之今。形神既離。萬古無再生之我。学芸事業。豈可悠悠。

 意味は、「時は一度過ぎ去れば、二度と再び来ない。今は今しかない。人間は死んでしまえば、それきりで、再び生き返ることはない。だから、このことをよくわきまえて一寸の時間でも惜しんで、勉強や仕事を積極的にしようではないか」。

 宮坂さんに軸を持ってもらった=写真。

 父親は壁に掲げて日々、「拳拳服膺(けんけんふくよう)」(両手で物をささげ持つように、常に心に抱いて忘れずに守る)していたのかもしれない。書かれたのは1932年、勝利さん36歳ごろ。埴科郡清野村尋常小学校校長で、松代町に住み、同町で誕生した三男に啓象と名付けた。

 宮坂さんは笑いながら、一般の人は「啓象」を「けいぞう」、造詣の深い人は「けいしょう」と呼ぶと話す。父親は、「象山先生の神髄。学問の仕方はこれである」と書いている。

 それが影響したのか、長男をエンジニア、次男を軍人、三男は医者にと幼少時から育てた。ほぼ、その通りになったが、子どものころから体が弱かった宮坂さんだけは方向転換。学者の道を選んだ。

 宮坂さんは「明治維新前夜、世界に通用する視野を持つ信州の英雄は佐久間象山だけだ」と言う。
(おわり)
(2015年7月11日号掲載)
 
象山余聞