
5月30日にスタートした「私のあゆみ」も最終回を迎えることになりました。長野の松代中学を卒業後、16歳で宝生流の能楽師だった父・作治郞の勧めで上京。高校在学中に入門し、父と同じ宝生流の能楽師となって今日まで能一筋に歩んできました。シリーズを終わるにあたり、能の現状とこれからについて私の思いをお話しします。
能は2008(平成20)年にユネスコの無形文化遺産に指定されました。能の魅力を一言で表せばやはり「幽玄」でしょうね。うまく説明できませんが、要するに自分の中で生と死、過去・現在・未来を見据えるということでしょうか。物語の展開を自分なりに解釈する。それができれば能を見ても面白いわけです。
スターをつくる
歌舞伎は所作が派手で見ていて分かりやすいし、花形役者もたくさんいますので、歌舞伎座へ足を運ぶ人は多いですね。
能を発展させるにはやはりスターをつくっていくべきでしょう。能楽5流派には宝生流の宝生和英、観世流の観世清和、金春流の金春安明、金剛流の金剛永謹(ひさのり)、喜多流の喜多六平太といった宗家がいます。
これら宗家や人間国宝の方々をはじめとして、各流でさまざまな企画を試みていることを、マスコミなどでご存じの方も多いのではないでしょうか。宝生流は「企画能」といって、例えば宝塚スターとのコラボレーションなどを試みたり、来年からまた新しい企画があったりと、若手もどんどん活躍の場を広げています。
東京・千駄ケ谷の国立能楽堂では比較的安い料金で5流派が公演しています。定期的に研修会や鑑賞教室を開いて、能の保存と普及にも努めています。
能は日本の伝統文化・芸能ですからね。これからも日本人の心のよりどころとして根付かせ、海外にも目を向けていく。東京では早稲田や慶応、学習院など、大学の能の部活でプロの能楽師が指導しています。私たち能楽師が率先して子どもや若者たちに教え広めていく。それが大事なことではないでしょうか。
前進あるのみ
来年の8月27日に上田市で開かれる第20回の城跡能に「竹生島」のシテ「翁」で出演します。また、八千代市制40周年の翌2017年には、姉妹都市である米テキサス州タイラー市との文化交流の中で、八千代市を訪れるタイラー市民の方々に蝋燭(ろうそく)能を披露する計画です。
病気や事故で入院をしたこともなく、元気で過ごしてこられたことに心から感謝しています。4人の孫のうち小学2年の惺太は12月19日、宝生能楽堂の「船弁慶」の舞台で子方(源義経)を演じる予定です。また、小学3年の千世は私の主催する「淑宝会」の大会で仕舞を舞って喜ばせてくれています。
「この道より我を生かす道はなし」―。これからも未来を見つめ、私の選んだ道を前進あるのみです。約半年にわたり私事のシリーズを読んでいただき、ありがとうございました。これで少しでも能に興味を持っていただけたらうれしく思います。
(聞き書き・船崎邦洋)
(2015年11月20日号掲載)
中村孝太郎さんの項おわり
=写真=妻や娘夫婦、孫たちと