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03 スキーを始める ~先生に誘われ入部 6キロ走で距離組に~

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 山田中学校(秋田県雄勝郡山田村・現湯沢市)に入学してから、初めてスキー板に触れました。とはいっても、家にあった数少ないスキー用具一式ですから、兄たちに見つかると怒られるので、こっそり持ちだして、友達と近くの松岡鉱山(銀山)にある小高い丘を滑りました。

 そんなに長い距離ではなかったのですが、楽しくて、横向きになり、雪を踏み固めるようにしててっぺんまで上がり、下りるというのを何度も繰り返しました。スキーに関しては、このころはまだ遊び程度でした。

 陸上にのめり込む
 学校では、さまざまなクラブを経験しました。1年ではバレーボール部に入部。2年生の時には、仲間とバスケットボール部をつくりました。勝った、負けたという結果よりも、皆と楽しくプレーできたことがうれしかったですね。

 また、小学生のころからの足の速さを買われて、学校から陸上競技をやらないかと声を掛けられ、百、二百メートルといったスプリントレースや、走り幅跳びの選手としても活動することになりました。

 二足のわらじを履く形になりましたが、元来、体を動かすことが好きでしたから、陸上競技にのめり込みました。「高校に進学しても続けよう」と心に決めるようになっていました。

 進学先は、卒業後の就職も考えて地元、湯沢北高校の商業科を選びました。ところが、このことが、それまで知らなかったクロスカントリー(距離)に出合うきっかけになったのです。

 入学して間もなくのことです。教室にスキー部監督の入江種友先生が入ってきて、「五輪へ行きたい者」と勧誘を始めたのです。私は「五輪ってなんだろう?」と、その存在を知らなかったので逆に、「面白そう」という軽い気持ちで入ることに決めました。

 放課後、クラブに行くと、13、14人の応募者がいました。そのうちの2人だけが、アルペンとクロスカントリーそれぞれの経験者でした。残った素人の私たちは、いきなり峠までの往復6キロの距離を走らされました。

 これは、先生が長距離走の速い者がクロスカントリーに、遅い人はアルペン選手へと振り分けるためだったのですが、体力に自信のあった私は1位になったので、クロスカントリー組に入りました。

1年で県大会2位に
 そして、冬はスキー部に、シーズンオフは陸上競技部に所属するというクラブ生活が始まったのです。

 1年冬の県大会の5キロで、いきなり2位という好記録を出したのですが、意外なところから足を引っ張られる形になりました。「あなた!、2位という結果で喜ぶんじゃない。あなたに負けた先輩が何人、悔しいと思っているの」。年上の方々から、(妬)(ねた)みとも思えるようなきつい一言でした。

 その年の全国高校選手権大会は新潟県高田市(現上越市)で開催されたと思いますが、競技に集中できず、下り坂で転んでスキー板を折ってしまうなど散々な結果に終わってしまったのを覚えています。
(2015年12月12日号掲載)

=写真=中学2年生の修学旅行(松島で=左から2番目が私)
 
千葉弘子さん