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070 ロワール古城巡り アンボワーズ城 ~ダビンチが晩年を過ごす~

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 フランス・ロワール渓谷沿いにある古城のうち、歴史的にも政治的にも重要な役を演じてきた。フランソワ1世に代表されるヴァロア朝の国王たちが代々暮らした。アンボワーズ城は、シュノンソー、シャンボールと共に「ロワール三大古城」とも呼ばれる。

 16世紀、レオナルド・ダビンチはフランソワ1世に年金500ポンドで招かれ、500メートル離れたクロ・リュセの館に居を与えられた。2つの建物を地下道で結び、夜な夜な王がダビンチを訪ね、芸術や文化の神髄に耳を傾けた。

 ダビンチは息を引き取るまでの3年間を、ここで心地よい晩年を過ごした。携えてきた「モナリザ」「聖アンナと聖母子」「洗礼者ヨハネ」が残された。アンボワーズの一角にあるサンユベール礼拝堂には、入り口左手にダビンチの墓があり、花が絶えない。

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 城の起源は古い。ユリウス・カエサルが登場した古代ローマからガリアと呼ばれていた時代にさかのぼる。要塞(ようさい)として築城されたが、15世紀にイタリア遠征から戻ったシャルル8世が、華麗な宮殿に改築。特に馬に乗ったまま入れるミニムの塔、アンリ2世の寝室や最後の王となったルイ・フィリップの居室など貴重な構造が見られる。

 フランソワ1世の次男アンリ2世に14歳で嫁いできたイタリア・メディチ家の娘、カトリーヌ・ド・メディシスが住み始めた城でもある。彼女は夫を愛したが、意のままにならず、黒い王妃として汚名を残すことになった。フランス映画「王妃マルゴ」の母親役モデルがカトリーヌである。

 この一方で、美術などの良きパトロンにもなり、宴会や音楽会の開催にも熱心だったが、占星術なども好み、かの予言者ノストラダムスも招いた。ただ、難はメディチ家出身の特有な容姿、決して美人とは言えないことも不利に働いてしまう。

 「会議の間」には、王が座る玉座があり、王室の色の青に黄色いユリの模様が刺しゅうされている。傍らには、黄色いユリの生花が四六時中添えられている。

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 生々しい事件の舞台にもなった。1560年、国内は旧教徒と新教徒がせめぎ合いをしていた。ユグノーと言われた新教徒がフランソワ2世を奪いに来たところ、城内で旧教徒が大虐殺を行い、宗教戦争の前触れとなった。

 そんな痛ましい事件がうそであったかのように、円形のテラスからの眺めは美しい。ここから目の前のロワール川対岸に、ダビンチをモデルにしたブロンズ像「川の神」も眺められる。特に、周囲を囲む商店街は品がよい。老舗のチョコレートやクッキーをはじめ土産品が並ぶ。この街に宿泊したことはないが、いつか1、2泊して朝晩、散歩をしてみたい。
(2015年12月5日号掲載)

=写真1=三大古城の一つ、アンボワーズ城
=写真2=ダビンチの墓がある礼拝堂
 
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