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071 ロワール古城巡り ユッセ城 ~「眠れる森の美女」に出合う~

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 内部には15世紀の貴重な木製らせん階段あり、だまし絵の天井画ありで、ユッセ城は見る者を飽きさせない。呼び物は「眠れる森の美女」の物語を紡ぐろう人形の展示だ。部屋ごとに分かれて、姫の誕生と仙女たちのコーナー、眠りから覚める姫と王子―など、物語を追いながら楽しめる。そう、ここはお姫様が長い眠りから目覚めた城のモデルなのです。

 「昔、王と王妃は子どもができず、口では言い表せないほど、悲しんでいました。それでもやっと王妃は身重になって、女の子を産みました」―。

 こんな冒頭で始まる「眠れる森の美女」は、フランスの民間伝承を集めた物語で最古といわれ、シャルル・ペロー(1628~1703年)による作品だ。ペローがこの城で書いたとされる。

 ざっと筋を追ってみたい。

 ―生まれた王女は世界中で一番の美女で、天使の心を持つ。声もウグイスのようで楽器の演奏も見事になると、仙女(魔女)らから予言される。しかし、「千年の眠りに入る」という不吉な予言もあり、それが現実に。王は城に近づいてはならないと、禁令を出し、庭は一面、いばらや棘(とげ)のある灌木(かんぼく)で覆われてしまった。

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 1世紀が過ぎ、ある王子が勇気を奮って近づくと、灌木も道を開けて王子を通した。15、16歳の神々しい王女のそばにひざまずくと、目を覚ました王女は「王子さま、ずいぶんお待ちしました」。だが、王子の母親は人食いで、父王が亡くなると、生まれた2人の子供と王女を食べたいと所望。料理長の機転でこれを退け、王子の帰還で難を乗り切り、人食い王妃は身を投げる―。

 アニメなどで王子のキスで姫が眠りから覚めるという粗筋は、ドイツのグリム童話「いばら姫」による。当時の民間伝承には同じような素材が多くあった。

 パリ生まれのペローはブルジョア階級の出身。弁護士になったものの、「太陽王」ルイ14世に仕えた。当時はこうしたおとぎ話が流行していた。ほかの学者たちは学術的で大人向け。ペローはあくまでも、子供を意識した児童文学を確立した。「長靴を履いた猫」などが代表作で、ユッセ城滞在中に着想したと伝えられる。

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 チャイコフスキー作曲「眠れる森の美女」のバレエでは、姫が長い眠りから覚めた舞台がロワール川とアンドル川の合流点に立つユッセ城である。入り口付近から見上げる城は、メルヘン的でもある。

 手前にある礼拝堂は、眠りから覚めた姫と王子との婚礼がモデルで美しい。横にはワインセラーにもなった洞窟があり、「この穴から掘削された白石でこの白亜の城ができた」と地元ガイドが説明してくれた。
(2015年12月19日号掲載)

=写真1=物語の舞台・ユッセ城
=写真2=ろう人形によるおとぎ話の展示
 
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