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074 南仏巡り マルセイユ ~最大の貿易港と巌窟王の島~

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 「ラ・マルセイエーズ」は、1795年のフランス革命で、マルセイユ義勇兵がパリに入城する時に歌い、後にフランス国歌になった。パリのエトワール凱旋(がいせん)門の正面右手に彫られた戦士こそ、マルセイユの兵士だ。

 マルセイユはフランスの南玄関であり、地中海側の国内重要拠点である。仏最大の貿易港、漁村として豊かな街で、パリに続く第2の都市。政治的にも大きな役割を果たしてきた。2度にわたるメディチ家からの王妃招聘や国外貴賓客を招き入れる場所だった。

 そんな歴史を持つだけあって、リッチな雰囲気が漂う。白いヨットが並ぶ旧港、白い観覧車の傍らに取ったばかりの魚介類を売る漁師たち。ここのブイヤベースは世界的に有名だ。

 地中海沿いなので北アフリカからの移民が多く、チュニジア料理の店もあり、異国情緒たっぷり。パリではなかなか考えられない地方の良さを感じられる。

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 マルセイユと聞いて、脳裏に浮かぶのは、3キロ先のイフ島だ=写真下。アレクサンドル・デュマの小説「モンテ・クリスト伯」の主人公が監禁された牢獄がある。日本では「巌窟王」として知られる。

 ―一等航海士のエドモンは、ナポレオンが流されていたエルバ島に立ち寄る。ここでナポレオンからマルセイユの友人あての手紙を託され、政治抗争に巻き込まれる。友人の裏切りもあり、冤罪(えんざい)により牢獄になっていたイフ島に、13年も監禁される。

 そこで、同じような目に遭った司祭から読み書きや剣さばきなどを学ぶ。司祭の死体にすり替わって脱走に成功。彼の遺言で入手したモンテ・クリスト島に眠る財宝をもとに、イタリア人貴族モンテ・クリスト伯として登場し、だました男への復讐(ふくしゅう)を果たす―。

 そんな粗筋である。

 しかし、これはあくまでもフィクション。デュマは一度、イフ島を訪れたが、検疫で上陸できなかった。その時に無実の罪で投獄された男の話を聞いたり、島の抜け穴を見たりして構想を練った。

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 イフ島の城は1529年にフランソワ1世によって建設が始まる。15世紀にフランスに帰属したマルセイユは、外敵からの警備のために要塞(ようさい)が必要だった。けれども、1643年以降は国の監獄と化し、フランス革命指導者の一人、ミラボーもここの囚人になっている。

 島には「モンテ・クリストの牢獄」が用意されている。この島の売りでもある。岩に囲まれた陰うつな場所で、見学者はエドモンの苦悩を思い起こしている。牢獄の一階の旧火薬庫に、クリスト伯の牢獄や看板まで作ってある。隣には宝の在りかを教えたファリア神父の独房やビデオ映写まであり、監禁の様子が見られる。フィクションと知らない人はすっかり信じ込まされる。

 物語は最後の場面で、この島の頂上から海を見下ろすシーンが出てくる。帰りの船を待つ間、「もし自分たちがこんな目に遭ったら...」と背筋が凍るような思いにかられた。
(2016年1月30日号掲載)

=写真=ヨットが並ぶマルセイユの港
 
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