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71 五言古詩・東遊紀行 ~不思議な縁で巡り合う

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 佐久間象山の五言古詩、「東遊紀行」の掛け軸(760字。横90センチ、縦230センチ)=写真=が、高山村の五色温泉「五色の湯」に保存、展示されている。なぜ、この温泉旅館にあるのか―。市内在住の郷土史研究家、大日方邦忠さんが、情報を提供してくれた。

 象山は、1839(天保10)年212日、29歳の時、再度の江戸遊学に向けて松代を出発、この時の作だ。

 「驥神馳(きしん)千里。鶴念在九皋(きゅうこう)。人而無大志。豈不恥羽毛...(良馬は一日に千里をかける。鶴は幾重にも曲がり入り組んだ深い沢でおたけび、人にして大志無くんば、あに獣や鳥にも恥じんや)」で始まる。

 東京・御殿山出身のオーナー水野茂さん(95)によると、不思議な縁で巡り合ったという。

 昭和271952)年冬、万座温泉で親たちが経営する旅館でスキーガイドの手伝いをしていたころ、お客さんから「御飯岳(おめしだけ)から山田へ下るコースを滑りたい」と誘われ、出発した。五色温泉までたどり着いた時は真っ暗。ランプの明かりがともる「宝屋」に宿泊。その夜、老女の宿主から、「年を取り経営する自信がない。宿を買い取ってもらえないか」と打診された。

 シベリア抑留から帰った後の水野さんには蓄えがなかったが、翌年、母親が2万円を出してくれ購入。畳はなく、ボロボロの状態。が、玄関そばの部屋に飾ってあったのが、「東遊紀行」である。

 老女は、若いころ湯田中温泉で働いていた時、財力のある客となじみとなり結婚。夫婦で経営者に。夫が「東遊紀行」を所持していたが、のちに従業員の女性と逃げてしまい、彼女のもとに残された。

 水野さんが旅館を買い取らなかったら、「東遊紀行」は一体、どうなっていただろうか。

 
象山余聞