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075 南仏巡り エクサン・プロバンス ~セザンヌが描く岩山の神秘~

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 南フランスにある小さな山村、エクサン・プロバンスが、私の心を長年捉えてやまないのには、三つの訳があった。

 一つ目は、かれこれ20年ほど前にベストセラーになった本である。英国人作家ピーター・メイルの「南仏プロヴァンスの12か月」だ。アルプス山脈からの風が加速する南仏特有の空っ風「ミストラル」を防ぐための平らな屋根がつくり出す風土や、人々との交流がつづられている。「風車小屋だより」を書いたフランスの小説家ドーデも、ミストラルに触れている。私はこの舞台に長く思いをはせていた。

 二つ目は、エクサン・プロバンスが、私の西洋史観に大きな影響を与えた歴史学者で東大名誉教授だった木村尚三郎さんの留学地だったからだ。著作のほか、世界史の漫画シリーズ監修やテレビでのガイド役など、豊かな個性とユーモアのある木村さんの人柄に魅せられた。

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 「リンゴでパリじゅうをあっと言わせてやる」と勇んでプロバンスを出て、2度パリに出たものの、水に合わず、故郷で生涯の大半を過ごした―。そう、ここが印象派画家ポール・セザンヌの生誕地だったことが、三つ目の訳である。

 リンゴを複数の角度から描いた静物画がピカソに立体主義(キュービズム)への霊感を与えた。変人とやゆされながら、一人でアトリエから眺め、毎日イーゼルを抱えて、ひたすらサント・ビクトワール山を描き続けた。その数は60点余に及ぶ。

 標高1000メートルほど、全長は18キロに達する。横長の石灰岩の山自体は決して美しいとは言えない。だが、セザンヌの絵筆にかかると、見事なモチーフになってしまう。「セザンヌ・マジック」とも評される。

 彼のアトリエの前にある小高いマルゲリットの丘で、画家の卵がスケッチをしていた。横からこの山塊を見ていると、神秘的な思いが脳裏をよぎる。千曲市公民館の絵画教室に通う同行の仲間は感無量の様子。「いつか再訪したい。それが新たな私の描く意欲をかきたてる」と話した。

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 町中心部にはセザンヌの銅像が立つ=写真下。セザンヌがこの山間の地に多くの観光客を引き付けている。エクサン・プロバンスがセザンヌの町であることを、あらためて思い知らされた。
(2016年3月5日号掲載)

=写真=セザンヌが描き続けたサント・ビクトワール山
 
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