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077 南仏巡り ~アビニョン 歌って踊った光景を想像~

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 軽快なリズムで、みんなで踊ろう―と歌う「アビニョンの橋の上で」を知っている人は多いだろう。法王庁がローマからフランス・アビニョンに移った時に、熱狂的な歓迎をした地元民が歌ったと伝えられる。

 イタリアの人たちは「法王のアビニョン捕囚」と非難したが、アビニョンでは大喜びされた。1309年から68年間の長い期間、このおかげでアビニョンでは政治ばかりか、経済や芸術まで花が咲いた。

 法王は、信者の間などでは教皇と呼ばれる。英語ではPope、フランス語ではPape(パペ)。この言葉から、「信者の父」を意味するパパという語が生まれた。

 「アビニョンの橋の上で」の橋は、ローヌ川に架かるサン・ベネゼ橋のことだ。1185年に一人の羊飼いが神からの啓示を受けて造り上げたという。ところが、相次ぐ戦争とローヌ川の氾濫のために損壊。当時の長さ900メートルに及ぶ橋脚と22連のアーチは流された。17世紀には現在ある4本の橋げたしか残らなかった。

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 この橋げたは狭い。「こんな場所で踊って歌ったら危ないな」と思っていたら、地元の人が「本当は橋の下で歌って踊っていたのだけれど、橋の上の方が面白いと、歌詞が変わったということらしい」と説明してくれた。横笛とタンバリンを使い、フランス南部の踊り「ファランドール」が繰り広げられる光景を想像すると、楽しくなる。

 法王庁の跡に入ってみたら、衝撃を受けた。フランス革命で内部は荒らされ、壁には爪や道具で装飾が剥ぎ取られた跡が生々しい。絶対君主による暴挙に反発した革命だが、こうした愚行の跡を目の当たりにすると、無知や暴力による人間の愚かさに悲しくなる。

 アビニョンのプチ・パレ美術館には、当時の面影が残るボッティチェリの「聖母子」がある。散策して道に迷った私を、中年の女性が元の場所までわざわざ30分も歩いて案内してくれた。「フランス人は冷たい」という風評に反して、地方の人の親切さを再認識させられた。その女性の後ろ姿が聖母にも思えた。
(2016年4月9日号掲載)

=写真=「アビニョンの橋の上で」で歌われるサン・ベネゼ橋
 
ヨーロッパ美の旅