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079 南仏巡り レ・ボー・ド・プロバンス ~岩山の頂に残る「夢の跡」~

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 南フランスの古都アルルからバスで30分。レ・ボー・ド・プロバンスは、切り立った岩山に造られた珍しい村である。村内に入りトランカ通りを上ると、バロック様式による石造りの建物には、ずらりと土産物屋が軒を連ねる。壁にはこの地方のシンボルになっているセミの飾り物も。陶器やアロマグッズも目に付く。

 見どころは、シタデルと呼ばれる城塞(じょうさい)跡だ。雄大な展望を広げる頂上の廃虚には、当時の投石器や大砲、犯罪への罰を与える器具などが並ぶ。まさに「つわものどもが夢の跡」だ。レ・ボーとはプロバンス語で「断崖に囲まれた大地」を意味する。頂の大地は長さ900メートル、幅200メートルにも達する。

 ここに観光客が押し寄せるには理由がある。10世紀ころから何世紀にもわたり、中世の南仏最強と恐れられた領主たちがここに君臨した。囚人を城から投げ落とすなど「プロバンスの災い」と恐れられた。さながら、ドラキュラのモデルになったルーマニアのツェーペッシュ伯の串刺し刑にも似ている。

 中でも、キリスト教圏のヨーロッパ人が慕ってやまない訳は、イエスが馬小屋で生を受けたのを知って、駆けつけた「東方の三博士」だ。宗教画の題材に頻繁に使われているので、美術館や教会のフレスコ画で目にした人も多いことだろう。

 レ・ボー家は三博士の一人バルタザールの末裔(まつえい)で「鷲(わし)の一族」とうたわれた。家紋には、東方の三博士にイエス・キリストの生誕を伝えたという「ベツレヘムの星」を冠している。近くのサン・バンサン教会では、フランス一美しいと言われるクリスマス・イブの「羊飼いのミサ」が催される。

 「隷属を知らない誇り高き一族」とされたレ・ボー家も、フランス国王ルイ13世の怒りにふれ、軍門に下った後は、自らの手による城の破壊を余儀なくされ、夢の跡と化す。

 しかし、かつての投石器や大砲、反逆者のための処罰器具も残されると共に、陽光や強風のミストラルによる廃虚が、幻となった往時の栄華をしのばせる。周囲には碑文記念館と、ダンテが「神曲・地獄編」のインスピレーションを受けた地獄谷もある。
(2016年5月28日号掲載)

=写真=城塞跡の頂上に残る投石器
 
ヨーロッパ美の旅