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01 平和貢献の思い ~外交官として醍醐味体験~

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 生まれ故郷の長野の高校を卒業し、東京の企業に就職したのは1963(昭和38)年の春でした。しかし、世界の平和のために貢献したいと思い、2年後に退社して、1年間予備校に通い早稲田大学に入学。在学中に外交官試験に合格し、外務省に入省しました。

 海外の暮らしは、外務省派遣で米国の大学に2年間留学したのが最初です。その後、韓国、オーストラリア各大使館の一等書記官を務めました。

 この後、86(同61)年から2年間、東宮侍従として皇太子ご夫妻(現在の天皇、皇后両陛下)や浩宮さま、礼宮さま、紀宮さまのお世話をしました。皇太子ご夫妻の米国ご訪問や、礼宮さまのブラジルご訪問にもお供しました。

 特に、浩宮さまと雅子さまの最初の出会いとなった、エレーナ・スペイン王女歓迎のお茶会を担当した時のことは今でも覚えています。

 外務省の経済局、大臣官房などを経て再び海外勤務が続き、タイとスペインの大使館公使、米ヒューストン総領事、中米のホンジュラス大使と南米のウルグアイ大使を務めました。タイとスペインでは、天皇、皇后両陛下ご訪問の受け入れ準備をしました。

 ヒューストンでは2000(平成12)年の大統領選で共和党のジョージ・ブッシュ、民主党のアル・ゴア両候補による史上まれな大接戦をつぶさに見ることができました。

 また、ホンジュラス在任中の03(同15)年には、教育の大切さを唱えた「米百俵」(旧長岡藩=新潟県長岡市=の故事)の精神を同国の大統領や文化相に進言した結果、ホンジュラスの人々がスペイン語による劇を舞台で演じ、コスタリカなど近隣国でも上演されました。詳しくは拙著「『米百俵』海を渡る」(日之出出版)にまとめています。

 海外暮らしは20年近くになるでしょうか。仕事を通じて歴史の節目に接したり、友好親善に貢献できたりしたことは、外交官ならではの醍醐味(だいごみ)でした。

 外務省を退職後、一般社団法人「国際文化教育協会」を設立し、外交や皇室の話などについて大学で講座を持ったり、各地で講演を行ったりしています。長野でも何度か講演しており、「ふるさとNAGANO応援団」のメンバーでもあります。

 趣味は音楽、ゴルフ、園芸と囲碁。このシリーズでは私の半生を振り返りながら、海外から見た日本や、可能な範囲で皇室の話にもふれてみたいと思っています。
(聞き書き・船崎邦洋)
(2016年6月4日号掲載)

竹元正美さんの主な歩み

1945(昭和20)長野市浅川清水(きよみず)で生まれる
 51(26)浅川小学校に入学
 57(32)浅川中学校に入学
 60(35)長野商業高校に入学
 63(38)日立製作所中央研究所(東京都国分寺市)勤務
 65(40)同社退社 予備校に通う
 66(41)早稲田大学法学部入学  4年の時に外交官試験に合格
 70(45)外務省入省
 71(46)米ニュージャージー州ドゥルー大学大学院入学
 73(48)外務省アメリカ局安全保障課
 74(49)田中宏美と結婚
 78(53)中近東アフリカ局、経済局などを経て韓国大使館一等書記官
 79年10月、朴正煕大統領が暗殺される
 80(55)豪州大使館一等書記官
 82(57)欧亜局西欧二課首席事務官
 86(61)宮内庁東宮侍従 皇太子ご夫妻(現在の天皇、皇后両陛下)や浩宮さま、礼宮さま、紀宮さまに仕える
 88(63)外務省経済局海洋課長
 89(平成 1)大臣官房儀典官 即位の礼で外国賓客の受け入れ
 91(3)タイ大使館公使 両陛下ご訪問
 94(6)スペイン大使館公使 両陛下ご訪問
 97(9)宇宙開発事業団国際部参事
 99(11)米ヒューストン総領事  ブッシュ、ゴアの大統領選
2001(13)ホンジュラス大使  「米百俵」の演劇
 04(16)宮内庁式部副長  両陛下の国際関係担当
 07(19)ウルグアイ大使  日本人移住100周年記念式典
 10(22)外務省特命全権大使(査察担当)
 11(23)外務省退職。一般社団法人国際文化教育協会理事長。現在に至る
 
竹元正美さん