
地蔵峠の馬子唄
地蔵峠のお地蔵さんは
わしがためには守り神
峠越して長野さ見れば
御仏あらたか善光寺
青よ 行こうよ 地蔵の峠
駒がいさめば歌も出る
峠越しにて来た春雨が
晴れて保基谷は こい虹の橋

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地蔵峠の呼び名で親しまれる峠路は、全国各地にある。信州だと例えば、木曽郡木曽町、飛騨高山に通じる木曽街道の地蔵峠だ。東御市と群馬県嬬恋村との境、湯の丸高原の地蔵峠も観光名所としてなじみが深い。
地蔵峠には、お地蔵さんがまつられていることが多い。旅人や子どもを守ってくれる地蔵菩薩(ぼさつ)だ。疲れた足を運びつつ人々は、手を合わせ、無事を祈った。
馬の背中に荷物を積み、険しい峠を行き来した馬子にとっても、穏やかにたたずむお地蔵さんは、心慰められるありがたい存在だった。歌にあるように、〈わしがためには守り神〉である。
馬子唄に歌われた舞台は、上田市と長野市の境を分ける地蔵峠だ。かつては関東方面から善光寺に向かう近道の一つである。物資の運搬のほか、信仰の道でもあった。
〈青よ 行こうよ 地蔵の峠/駒がいさめば 歌も出る〉
ここで言う「青」は馬のこと。馬が勇む、つまり馬が元気を出して張り切れば、人も元気になって歌の一つも口ずさみたくなる。
馬子唄の節々に、足を泣かせ、牛馬と共に旅したころの情趣がしのばれる。となれば、ぜひその地蔵の峠に立ってみたい。
地図で確かめると県道長野真田線に新地蔵峠がある。緩やかに切り開かれ、標高1033メートル。1968(昭和43)年の全通以来、混雑する国道18号のバイパスとして役立っている。
そこから東へ直線で500メートル余り。尾根の低くなった標高1092メートルの箇所が、往時の地蔵峠だ。30分ほどで歩いていけると見込んだのが甘かった。
地図上で峠に続く破線を頼りに山道を進むと、程なくやぶに突き当たり、道は消えてしまう。別のコースをたどり、身の丈を超えるススキなどをかき分けて目指しても、峠への道に行き着けない。
あきらめて翌春、芽吹き前の見通しの利くころ、再挑戦することにした。旧道が尾根を横切っているのだから、尾根伝いに行けばどこかで出合うはずだ。
そう踏んで尾根筋の急登を上り、ささやぶをこぎ、繰り返すこと3度目。もう麓の人の案内を請うほかないと、木につかまってくぼ地に下り立った。

近ごろ、これほど驚いたことはない。そこは幅2メートルほどの草の道、傍らに広場もある。一段高い所に地蔵堂が建つ=写真下。探し求め続けた地蔵峠に紛れもない。
押し黙ったまま〈御仏あらたか善光寺〉のかすむ遠景に、じっと見入るばかりだった。
〔青〕青毛を略した語。馬の毛並みが青みがかった黒色、またはその黒っぽい馬を指していう。「青よ 走れ」などと。転じて馬一般の意味にもなった。
(2016年7月2日号掲載)
=写真=善光平への峠道