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15 東宮侍従に ~初めて外務省から 皇太子ご一家を担当~

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 1986(昭和61)年春、人事課の時野谷敦課長から「このたび宮内庁の東宮侍従に外務省から初めて人を出すことになったので、行ってほしい」との話がありました。

 浩宮さまの英国留学からの帰国、礼宮さまの成年などで、皇太子ご一家の公的活動や外国との交流が増えるため、東宮侍従の定数が8人から1人増に。その9人目として外務省からになったそうです。

 7月14日付で発令され、翌15日、皇居鳳凰(ほうおう)の間で天皇、皇后両陛下にモーニングを着て拝謁(はいえつ)しました。外務省から初の東宮侍従ということで、同月22日付信濃毎日新聞朝刊の「ひと」欄でも紹介されました。皇太子ご夫妻(現在の天皇、皇后両陛下)からお茶をいただき、外務省の仕事のことなどをお話ししました。

東宮御所で勤務
 東宮職と東宮侍従について少し触れたいと思います。宮内庁では、皇太子ご一家のお世話全般を東宮職という部署が担当。ご一家が住まわれる東京・赤坂の東宮御所の一角に事務所があります。

 東宮職のトップは東宮大夫(だいぶ)。その下に東宮侍従長、東宮侍従、東宮女官長、東宮女官。出仕(しゅっし)、東宮侍医長、東宮侍医、参与、御用掛、事務官、内舎人(うどねり)、女嬬(にょじゅ)、雑仕(ざっし)などがいます。

 東宮侍従は皇太子ご夫妻、浩宮さま、礼宮さま(現在の秋篠宮さま)、紀宮さま(同・黒田清子さま)のお世話をします。秘書官と執事を合わせた感じですね。宮内庁用語で、一般の対外事務をつかさどる「おもて」と、陛下や皇族方の側近としてお世話をする「おく」という言葉があります。侍従は「おく」になります。

 東宮大夫の安嶋彌(ひさし)さん、東宮侍従長の重田保夫さんをはじめ、先輩侍従の皆さんにいろいろ教えていただきました。あいさつはいつも「ごきげんよう」。ご指示などに対しては「承りました」など。お辞儀の仕方も教わりました。

 侍従、女官、侍医などは交代で宿直します。侍従の場合、宿直は1週間に1回程度。私は最初の年は元日、2年目は大みそかが宿直になりました。宿直の日は夕方の日程がある場合には、その行事の担当になります。皇太子ご一家がお休みになるまで起きていて、侍医さんと囲碁を打つこともありました。

「一緒にお酒でも」
 時には美智子さまや浩宮さまが、ご一緒にお酒でも、ということも。また礼宮さまはわれわれの執務室によく顔を出されました。

 東宮御所では各種の引見、接見、レセプション、食事、お茶、進講、説明など、さまざまな行事があり、そのお世話をしました。例えば、接見の際には接見者に事前に所作などを説明し、入り口で役職と氏名を皇太子さまにお伝えする。「英国大使に任命された何々でございます」といった具合です。

 皇太子さまや美智子さまの執務室には、説明や打ち合わせのためよく伺いました。皇太子さまは朝から洋服とネクタイを着用されていました。

 お一人お一人がさまざまな行事で出掛けられる時は、事前に関係者と打ち合わせをし、当日は車に陪乗してお供しました。初めの頃、皇太子さまは、お会いする人に「今度外務省から来た侍従の竹元です」と私を紹介されていました。
(聞き書き・船崎邦洋)
(2016年9月16日号掲載)

=写真=車に同乗してお供=後部座席の浩宮さま(奥)と私
 
竹元正美さん