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16 スキーのお供 ~皇太子さまと岩手に 愛用された板を賜る~

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 1986(昭和61)年夏に東宮侍従になって間もなく、スペインのエレーナ王女来日の関連行事を担当。その年の10月18日に東宮御所で開かれるお茶会の招待者リストを作成することになりました。元駐スペイン大使や日本スペイン協会などから話を聞き、官界、経済界、学術、文化など幅広い分野からリストを作りました。

 リスト作りの中で、エレーナ王女が22歳と若いこともあり、日本側の招待者でお嬢さまがいる方もどうぞ、ということに。当時外務省で条約局長をしていた小和田恒氏は、外交官試験に合格したばかりの長女雅子さまを連れて来られました。このお茶会で、浩宮さまと雅子さまが初めて会われ、雅子さまの英国研修などを経てご結婚、現在に至っています。

浩宮さまは急斜面に
 88年2月、皇太子さまと浩宮さまご一緒で岩手県のスキー場に行かれた時のことです。スキーが得意な西園寺公友(西園寺公望のひ孫)侍従と、少しスキーができる私の2人が担当侍従としてお世話しました。スキー場は西八幡平、八幡平、安比高原、雫石です。

 事前にこれらのスキー場に行き、打ち合わせをしました。雫石スキー場では、雫石プリンスホテルの深谷政光支配人にお世話になりました。深谷さんはその後、雫石町の町長になりました。町に観光大使を設置するに当たり私に就任依頼があり、現在、私は同町の観光大使をしています。

 皇太子さまには私がお供をし、浩宮さまには西園寺侍従がお供をしました。なぜなら、浩宮さまの方が急な斜面でも滑られるため、スキーの得意な西園寺侍従が付くことになったのです。

 特に雫石スキー場は国際大会でも使用されるスキー場で、滑降コースは恐ろしいほどの急斜面。浩宮さまはその滑降コースにも行かれましたが、皇太子さまはもう少し安全なコースを滑られました。

 スキー旅行中は学習院大学の寮に宿泊しました。この寮はかつて鉱山の病院だったところで、雪に囲まれた山中にありました。

 周辺は地元の警察が警備し、寮内は皇宮警察が24時間警護に当たっていました。外部からは許可された者以外、猫の子1匹入れない状態。皇太子さまと浩宮さまのどちらに会うにも、われわれ侍従を通さなければなりません。

式典や大会などへ
 スキーから帰った日の深夜、宮内記者会のある記者から自宅に電話がありました。「学習院の寮に滞在中、小和田雅子さんが浩宮さまにお会いになったと、ある政治家が言っていたが本当か」と言う。真っ赤なうそであり、政治家にはこういううそをつく人がいるものだと思った次第です。

 この時、皇太子さまはスキー板を新調されました。私にスキー板を持っているかとお聞きになったので、「持っておりません」と答えると、今まで愛用されていたものを私に賜りました。何度かこのスキー板を使い、今も大事に持っています。

 皇太子さまは国内で開かれる各種式典や大会・行事に臨席されました。私は86年9月の熊本県での天皇陛下ご在位60年記念全国慶祝都市緑化祭、同11月の宮崎県での第10回全国育樹祭、翌87年7月の埼玉県での第23回献血運動推進全国大会などにお供しました。
(聞き書き・船崎邦洋)
(2016年9月24日号掲載)

=写真=スキー旅行中に=皇太子さま(左)、浩宮さま(中央)と私
 
竹元正美さん