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21 即位の礼 ~大臣官房儀典官に 外国の賓客を接遇~

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 1988(昭和63)年8月1日、宮内庁東宮侍従から外務省に戻り、経済局海洋課長に就任しました。海洋課は海洋の分野に関する国際法の事項を扱います。中でも深海底資源開発について、国連で長期間の国際会議がありました。

 国連本部で1カ月以上にわたって開かれた会議に出席した時のことです。ニューヨーク到着後間もなく、日本代表団の団長夫人が病気で急死したとの報が入り、直ちに団長は帰国。私が代役を務めることになりました。

 この会議ではマンガン鉱などの深海底資源開発に関し、日本、ソ連、フランス、インドがG4(グループ4)をつくり、頻繁に打ち合わせを行って全体会議に臨みました。

 158カ国など参列
 また、別の国際会議出席のため、ソ連、英国、オランダに出張しました。英国では、オックスフォード大学ご修学中の礼宮さまと富士亮侍従宅で一晩ご一緒しました。オランダでは、国際司法裁判所の小田滋判事を訪問し、同裁判所を案内していただきました。

 89年1月7日、昭和天皇が崩御された時は同日付で宮内庁の式部官に併任され、大喪の礼に参列する外国からの弔問客の接遇業務に加わりました。

 海洋課長を約1年務めた後、大臣官房儀典官になりました。儀典官室は外国賓客の接遇、皇室の外国ご交際、外交団の接受などに関わる業務を行っており、私の最大の仕事は、天皇陛下の即位の礼に参列する外国からの賓客の接遇一切でした。

 まず招待する外国賓客の範囲をどこまでにするか検討し、日本と外交関係のある全ての国を対象としました。その結果、158カ国およびECや国連などが参列することに。

 即位の礼正殿の儀、饗宴の儀、園遊会などについては宮内庁と、首相晩さん会については総理府や会場となったホテルなどと協議して準備しました。外務省の講堂に大勢のスタッフを集めて、連日午前さまになりました。

 即位の礼の後、皇室の行事として大嘗祭(だいじょうさい)(天皇が即位して初めて行う新嘗祭(にいなめさい))が行われました。このため、一夜限りの大嘗宮が造営されました。

 国賓の接遇は、日本到着から出発までの全てを行います。駐日大使館や警察を含め関係先との協議、打ち合わせも密接に行います。

 長野五輪招致も
 私は儀典官として接伴員(接待役)となり、迎賓館に宿泊し、賓客に同行しました。また、韓国の盧泰愚大統領が大阪の花博を訪れた際も同行しました。

 長野オリンピック招致活動では、長野県出身の外務省職員と長野市との間で会合を持ちました。後に副市長になった酒井登さんらと意見交換しました。担当大使を設置するなど、外務省が積極的に協力したことは言うまでもありません。

 儀典官の仕事としてはこのほか、日本のために尽くした外国人に勲章を授与する業務があり、勲等などに関し総理府賞勲局と協議しつつ進めました。日本に駐在する外交団の接受関係では、格安で提供できる大使公邸の建設に関してテレビ出演したこともあります。外交団に対する消費税の免除、大使館員の不祥事などさまざまな問題がありました。

 また、天皇陛下の外国ご訪問関係では、国会答弁もしました。
(聞き書き・船崎邦洋)
(2016年10月29日号掲載)

=写真=儀典官時代に大嘗宮の前で
 
竹元正美さん