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23 スペイン大使館 ~両陛下訪問で準備 友好親善が深まる~

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 1994(平成6)年2月、タイからスペイン大使館に異動しました。大使館には大蔵、通産、運輸の各省と警察庁から出向者が来ており、私は公使として、山口達男大使の下で館務を総括することになりました。

 この年の10月に天皇、皇后両陛下がスペインを訪問。日程調整をはじめ詳細にわたって、スペイン外務省のアスナール儀典局次長らと準備しました。

 両陛下の訪問地は、地中海のマヨルカ島、バルセロナ、マドリード、サラマンカ。私は事前に、マヨルカ島ではショパンのピアノ、バルセロナではピカソとミロの美術館とガウディの建築物、サラマンカでは大学や教会など、お立ち寄り先に行き、打ち合わせをしました。

政権交代
 このように訪問地が4地域に分かれ、また17人の公式随員を含め一行の人数が多いこともあって、接遇を万全に行うため、大使館員の人員配置に頭を悩ませました。歓迎式典は郊外の宮殿で行われ、国王フアン・カルロス1世が主催した晩さん会にはテニスのアランチャ・サンチェスさんも出席していました。

 両陛下のご訪問は、スペインとの友好親善関係増進の上で、極めて有意義でした。ただ、日本から飛行機で送ったスペインの最高勲章が行方不明になるというハプニングもありました。

 96年には総選挙がありました。長年続いたゴンサレス首相が率いる社会労働党に代わり、アスナール党首が率いる国民党が勝利を収めました。驚いたのは、アスナール政権発足当日に選挙公約だった省庁削減が実現したことです。日本のように、審議会を設けるなどして長い時間をかけないのですね。

 列国議会同盟(IPU)の会合には日本から多くの国会議員が来ました。長野出身の北沢俊美参議院議員も来られました。北沢議員には、その後もお世話になりました。

 95年2月にピレネー山脈の山あいにあるハカで開かれた第17回冬季ユニバーシアードでは、開会式に出席しました。

 日本とスペイン間で賢人会議をつくり、97年に第1回の日本スペインシンポジウムをマドリードで開催。現在も両国で毎年交互に開かれています。

勲章受章
 手狭となった大使館から新しい大使館に移転することが懸案となっていたため、私は数十件の物件を見て回りました。そして、新しく建設された所に移転しました。それが現在の大使館です。

 スペインとフランス国境の小国アンドラやフランス、大西洋のカナリア諸島、スペイン南部のアルハンブラ宮殿、コルドバなどへも出掛け、シエラネバダではスキーを楽しみました。プラド美術館には何度も行きました。

 タイからの勲章をマドリードのタイ大使公邸で、スペインからの勲章は日本に帰国後、いただきました。

 約3年のスペイン勤務を終え、97年4月に帰国。宇宙開発事業団(NASDA)=現在の宇宙航空研究開発機構(JAXA)=に出向しました。ここでは日本の宇宙開発における国際関係業務に携わり、タイ、フィリピン、モンゴルでの国際会議に出席。ワシントン、ヒューストンなどに出張しました。
(聞き書き・船崎邦洋)
(2016年11月12日号掲載)

=写真=スペイン国王カルロス1世と握手
 
竹元正美さん