記事カテゴリ:

24 ヒューストン総領事 ~地元知事が大統領に 歴史的大接戦の選挙

24-takemoto-1119p.jpg
 1999(平成11)年2月1日に米国テキサス州のヒューストン総領事を拝命しました。
 総領事と大使はどう違うのか。外務省の在外公館には大使館、総領事館、国連など国際機関の日本政府代表部があります。大使館と代表部の長を大使と呼び、総領事館の長を総領事と呼びます。いずれも政府の代表として仕事をする公館長ということになります。

 大使館はその国の首都に、総領事館は通常在留邦人が多い都市に置かれます。業務は大使館とほぼ同じですが、政府間交渉の権限はありません。

ブッシュ氏が勝利
 ヒューストン総領事館はテキサスとオクラホマの2州を所管します。テキサス州の面積はアラスカ州に次いで全米第2位の広さで日本の1・83倍。当時の人口は約2千5百万人。ヒューストンは世界のエネルギー・キャピタルといわれ、石油・エネルギー産業で有名です。また、ジョンソン宇宙センター、世界最大規模のテキサス・メディカル・センターがあります。

 私が総領事に任命されたその日に、コンチネンタル航空の成田―ヒューストン直行便が就航。私は、その就航便で来日したブラウン・ヒューストン市長に東京で会いました。

 着任して間もなく、前年10月まで国連大使だった小和田恒氏が夫人とともにテキサス州を訪問。私は小和田夫妻に同行し、ヒューストンでブッシュ元大統領に、州都オースティンで息子のブッシュ州知事に会いました。

 その頃すでに、ブッシュ知事は2000年の大統領選に向け準備を進めており、その後、共和党の大統領候補に指名され、大統領選挙で勝利しました。この間、私はオースティンに何度も足を運び、後に米国司法長官になったアル・ゴンサレス氏ら関係者から話を聞きました。

 2000年11月の大統領選挙は歴史に残る大接戦でした。全米での得票総数はブッシュ氏が約5千46万票。民主党候補のアル・ゴア氏が約5千100万票。一方、獲得選挙人はブッシュ氏271人、ゴア氏267人。このようにゴア氏の得票が多かったにもかかわらず、獲得選挙人でブッシュ氏が勝ち、第43代大統領に就任しました。

 私は選挙当日の11月7日夜、オースティンの州務長官室でテキサス州の関係者たちとテレビの開票状況を見ていました。民主党のクリントン大統領が州知事を務めたアーカンソー州でブッシュ氏が勝った時は、拍手が湧き起こりました。

フロリダ州の混迷
 フロリダ州では最初、ゴア氏の勝利確実の速報が出ましたが、それが取り消され、ブッシュ氏が勝利確実となるなど混迷状態になりました。

 票差が1784票と僅差だったことから、自動的に機械で再集計が行われたほか、一部の郡では手作業でも再集計。票差が一時は154票まで縮まり、このまま手作業で再集計を続ければ逆転する可能性が出てきました。

 フロリダ州の選挙人25人を獲得した候補が大統領に就任することになるため、再集計を続けるか否かは重大でした。異例の法廷闘争となり、連邦最高裁により作業の中止が決まり、ブッシュ氏の勝利が確定しました。

 得票数をいかに数えるかも重要であることを示したフロリダ州での選挙でした。

(聞き書き・船崎邦洋)
(2016年11月19日号掲載)
 
竹元正美さん