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089 プラハを巡る ブルタバ川周辺 ~今もジョン・レノン悼んで~

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 チェコの首都プラハでカレル橋に行ったら、たもとに立つ塔に上ることをお勧めしたい。有料だが、階段を上りきると、眼下にカレル橋の全容ととうとうと流れるブルタバ(ドイツ語でモルダウ)川の雄姿がよく見える。

 遠くにプラハ城やペトシーンの丘、旧市街や、東に鉄道のプラハ本駅やテレビ塔と、三百六十度の絶景である。高所恐怖症ではないのに、その美しさに頭がくらくらした。

 橋西側のたもとに遊覧船乗り場があった。小型ボートで、橋近くを周回するだけであり、大半は船長の説明だ。川の氾濫で周辺が水没する様子の写真パネルを見せながら、「津波のようだった」と解説した。カフカ博物館やスメタナ博物館は目の前にある。

 桟橋で下船すると、同博物館がある。ここに、王の怒りを買い、袋詰めにされてカレル橋から投げ落とされたヤン・ネポムツキーの像があった。橋の上にあったのはレプリカで、こちらが本物だと知った。こちらにも、橋の上の像と同じように、なでられた跡で光沢があった。

 対岸の階段を下りて、カンパ島へ。ハクチョウの生息地近くで、何やらにぎやかな声がする。人が群れて、ギターなどでパフォーマンスもやっている。「ここは何という場所か」と、近くの人に尋ねると「ジョン・レノン・ウオール(壁)」という答えが返ってきた。

 フランス大使館前のこの壁は、実は中世の十字軍の流れをくむ「マルタ騎士団」の所有物だという。1970年代には「恋人たちの嘆きの壁」と呼ばれていた。80年代にジョン・レノンが凶弾に倒れた後、若者を中心に花やろうそくをささげたことから、落書きやレノンの肖像画も描かれるようになった。
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 東西冷戦下の旧ソ連支配下では、言論統制が厳しく、体制に嫌気が差して、不満のはけ口として、この壁が自由への発露にもなった。ビートルズやレノンは自由の象徴だった。レノンの妻オノ・ヨーコもここを訪れている。今なお、レノンの命日には、若者らがろうそくをともして追悼している。

 プラハはどこを歩いても、何か驚きの発見がある。びっくり箱のようだ。

(2016年12月10日号掲載)

=写真=ブルタバ川下流から見たカレル橋。奥はプラハ城
 
ヨーロッパ美の旅