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093 プラハを巡る 建築博物館の街 ~中世の姿が残る「宝石箱」~

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 チェコの首都プラハの枕ことばに「建築の宝石箱」「百塔の街」というのがある。中世の姿がそのまま残る都市は、ヨーロッパでもまれだ。一つの証拠に、オーストリア・ウイーンを舞台にしたモーツァルトの映画「アマデウス」や「レ・ミゼラブル」の撮影も、プラハ城のフラッチャニ広場周辺だった。

 市内を歩くと、建築通でなくとも、わくわくしてくる。名著「プラハを歩く」(田中充子著)は、美しく古い建築が残っている背景について、第1次世界大戦後の高度経済成長に巻き込まれなかったことを挙げて、プラハを「各時代の建築様式が並ぶ建築博物館の街」と評している。

 美しい建築や装飾の中で私を魅了したのは、スグラフィートという技法だ。元来はイタリア生まれで、紙などの上に色付けして、乾かした後で別の色を塗る。そこに、ナイフなどを使って、上塗りされた色をかき落とすという技法だ。大理石のないチェコでは、芸術的に独自の進化をとげた。
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 イタリアなどでは廃れたものの、チェコでは今日まで大切に残されている。チェコの技法は、主に城や館の白壁に、そぎ落としたような美しい模様や絵が浮き出される。旧市街広場の近くの館はカラフルで見事だ。地方でもこの技法があちこちで見られる。

 プラハの中でも異彩を放つ建物がある。ブルタバ(モルダウ)川に架かるイラーセク橋のたもとにあるタンチッチ・ドゥームである。英語にすれば「ダンシング・ハウス」。つまり「踊る家」である。第2次世界大戦で、爆撃被害がなかったプラハで、唯一誤爆された一角に、アメリカの若手建築家により、この奇抜な建物が登場した。

 設計者は「ジンジャーとフレッド」というニックネームを付けた。ジンジャー・ロジャースとフレッド・アステアは1930年代に、「トップ・ハット」や「コンチネンタル」「踊らん哉」で軽快で高度な踊りを見せ、ファンを引
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き付けた。だから、建物はダンス好きのチェコ人に受けた。

 奇抜な「踊る家」を、伝統的な建築物から一歩離れた場所に建てる感覚には、舌を巻くしかない。私は、この最上階でコーヒーとチェコ・ビールを味わい、私の心も踊った。
(2017年2月4日号掲載)

=写真1=ダンシング・ハウス(踊る家)
=写真2=スグラフィート技法の代表作「ミヌタ館」
 
ヨーロッパ美の旅