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35 外務省退職後 ~国際文化教育の活動 子どもたちに伝える~

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 2010(平成22)年1月15日、帰朝発令が出て、2月12日にウルグアイの首都モンテビデオを離れて帰国。同23日付で特命全権大使(査察担当)に任命されました。

 査察担当大使は在外公館(大使館、総領事館、国際機関の日本政府代表部)が的確に機能しているかどうかをチェックし、問題があれば改善策を提言するのが役目です。会社でいう監査役のようなものですね。

 私は1年間、査察担当大使を務めました。この間、11カ国、14の在外公館を訪問。外交官生活最後の滞在先となった所は、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボでした。最後の夜は、同市の夜景を見下ろす山の中腹のレストランで夕食をとりました。

100回を超す講演
 11年2月22日、本官を免ずるとの御璽(ぎょじ)の辞令をいただき、私の外交官生活は終わりました。

 その年の4月に、一般社団法人国際文化教育協会を設立して、理事長として活動を行っています。これまでに行った講演は100回を超え、皇室、米百俵、国際関係、外交、日系人の活躍、民主政治などについてお話ししています。

 長野でも数回、講演の機会がありました。早稲田大学エクステンションセンターでの「外交官世界を語る」という講座は60回を数えました。淑徳大学エクステンションセンターでも皇室の話や外交の重要性についての講座を持っています。

 また、公益財団法人日本スペイン協会の理事を務めるほか、長野市の「ふるさとNAGANO応援団」のメンバーとして、加藤久雄長野市長が上京する折に意見交換をしています。岩手県雫石町の観光大使の立場で、同町の広報もしています。ほかにもロータリークラブなど、幾つかの団体に所属しています。

 この3月4日には東京都千代田区で、ホンジュラスの「米百俵学校100校完成」の記念祝賀会を開く予定で準備を進めています。

 外務省を退職後、都内のマンションから郊外の一軒家に引っ越しました。庭で花や野菜などを作り、時々スポーツジムに通っています。隣には長女夫婦が住んでいます。

召される命と生まれる命 
 この「私のあゆみ」連載中の16年11月29日、兄が天国に召されました。父が早く亡くなったため、一家の大黒柱として懸命に働き、多くの人に信頼され、感謝されました。私が大学まで進学できたのも、母と兄のおかげです。私の最も尊敬すべき人物でした。

 新たに生まれた命もあります。外務省を退職した11年の7月に初めての孫が誕生し、16年10月に2番目の孫を授かりました。健やかに育って、素晴らしい人生を歩んでほしいと祈っています。

 「100歳といえども100歳の夢と情熱」―。ウルグアイで出会った三上隆仁さんの人生論のように、いつまでも生きがいを持って、文化や教育関係の活動を続け、特に子どもたちに世界のことや世界の平和について伝えていきたい。少しでも世の中のお役に立てればと思っています。

 連載を終わるに当たり、妻や子、お世話になった人たちに感謝するとともに、読者の皆さまに厚くお礼を申し上げます。
(聞き書き・船崎邦洋)
 竹元正美さんの項おわり
(2017年2月11日号掲載)

=写真=長岡市中央図書館で講演
 
竹元正美さん