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094 プラハを巡る 2人の女性 ~チェコ民主化の大きな力に~

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 昨年8月、訃報が届いた。「東京五輪(1964年)の名花」とうたわれ、女子体操個人総合で金メダルを獲得したベラ・チャスラフスカさんだ。当時のチェコスロバキアで民主化運動の大きな力となった。旧ソ連崩壊後の新政権の下、大統領補佐官やチェコ五輪委員会の会長も務めた彼女は、大の日本好きだった。

 亡くなる前から、チャスラフスカさんが病気だという報道を見聞きしていた。私は、出発前に在日チェコ大使館や日本チェコ友好協会に、彼女にちょっとしたお見舞いが可能かどうか問い合わせをしていた。病状は重く、困難だと知った。

 千羽鶴とお守りを持参して、日本の一ファンとして健康回復の願いを伝えたかった。彼女は、2020年の東京五輪を見ることなく、夜空の星になった。

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 チェコの民主化で忘れられない女性がもう一人、マルタ・クビショバさんの人生も壮烈だ。アイドル歌手だった彼女を、旧ソ連軍などによるチェコ侵入事件が襲った。

 クビショバさんは、ビートルズの「ヘイ・ジュード」をチェコ語でカバーし詞を変えて、暗にソ連軍を風刺。その後、強い抗議を込めたメッセージを歌った。そして、歌手としての永久追放処分を受け、レコードも没収された。

 旧ソ連支配の崩壊でチェコ解放となった直後に、後のハベル大統領らと共に、バーツラフ広場に集まった数十万人の市民らの前に、チャスラフスカさんらとホテルのバルコニーに立った。「マルタの祈り」の歌に群衆は熱狂した。私は授業で彼女のビデオを見せたこともある。

 旅行中、意外なところでクビショバさんとの接点ができた。プラハ城内にある旧王宮に、スタッフとして勤めているエレナさんと出会った=写真右。意気投合し、後日、待ち合わせた。

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 エレナさんは、信念を貫いたクビショバさんを尊敬し、コンサートを欠かさず聴き、今は友人だという。「もしかしたら」の期待を込めて、クビショバさんへ贈るため日本から持参した千羽鶴とお守りを託した。近いうちにコンサートがあり、クビショバさんに会う―と、エレナさんは言ってくれた。

 帰国後、エレナさんからメールが届いた。「あなたが仲間と再訪する時に都合がつけば、あなたたちのためにミニコンサートを開くことができるかもしれない」というクビショバさんの返事だった。
(2017年2月18日号掲載)

=写真=マルタ・クビショバさん
 
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