記事カテゴリ:

007 蚕は家族〈1〉共に育つ ~人も蚕も一つ屋根の下で~

07-kaiko-0401p1.jpg
いなかの四季
    文部省唱歌
道をはさんで畑一面に
麦は穂が出る 菜は花盛
眠る蝶蝶(ちょうちょう) とび立つひばり
吹くや春風 たもとも軽く
あちらこちらに桑つむ少女(おとめ)
日まし日ましにはるごも太る

    ◇

07-kaiko-0401p2.jpg
 うららかに菜の花盛りを歌っている。1910(明治43)年、尋常小学読本唱歌に登場し、33年の新訂尋常小学唱歌に引き継がれた。第四学年用。春夏秋冬4番まである。

 まずは春だ。ヒバリが舞い上がり、風がそよ吹く。続く終わりの2行に「いなかの四季」の核心が宿っている。あちらの畑でもこちらの畑でも、娘さんたちが桑摘みに忙しい。家の中では蚕が、日ごとに大きくなっていく。

 かつては日本の各地、どこででも見かける、ごく普通の光景だった。蚕と共にある暮らしである。蚕も家族の一員にほかならなかった。単に「蚕」ではない。「お蚕様」だった。

 長野市内の古書店に立ち寄ると、行李(こうり)に和本が山積みにされ、いずれも100円とある。一冊一冊手に取っていくうちに、使い込んだのか、表紙も傷んだ古い教科書が出てきた。

 「農業入門 巻三」とある。中のページには「高等小学校の農業科教科書」、巻末に明治35年発行と記されている。目次の第3課から第7課まで桑・養蚕だ。

 次の冒頭、全ページを使ったカラーの絵が素晴らしい。着物姿の女性2人が、蚕に桑を与えている。1人が座って桑の葉を包丁で刻み、竹かごに入れる。もう1人がかごを抱えて立ち、刻んだ葉を蚕のいる棚にまいていく。

 細やかに描かれた手つき、顔の表情が実に優しい。飼う、というよりは、懇ろに慈しむ、と形容するのがふさわしいほどだ。

 発刊の年、明治35年というと、既に長野県は蚕糸王国としての揺るぎない地位を確立している。そして、なお成長の途上にあり、桑畑は山の傾斜地にも拡大を続けていた。

07-kaiko-0401g.jpg
 長野県の統計によると、1884(明治17)年から1933(昭和8)年までの50年間、桑園面積は全県で7倍余り、7万2千町以上にまで増えている。

 この勢いは、唱歌「朧(おぼろ)月夜」で〈菜の花畠に 入日薄れ〉と歌われた千曲川沿いでも変わらない。黄色い菜の花の間に緑の桑の若葉が広がっていった。

 蚕は、人間が長い歳月をかけて家畜化した昆虫だ。今や野生で生きる能力を失っており、人間が桑を与え続けることでしか、命をまっとうできない。

 その代わり小さな体の中で、桑の葉を生糸という宝物に生まれ変わらせてくれる。まさに「お蚕様」である。

一口メモ 〔春蚕(はるご)〕 春に飼育する蚕のこと。寒暖の差によって若干の地域差はあるけれども、信州ではほぼ5月上旬から下旬に始まり、約1カ月で繭になる。明治期は春蚕が中心。
(2017年4月1日号掲載)

=写真1=[蚕飼いの里は今] 飯山市瑞穂
=写真2=「農業入門」の養蚕図絵