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08 内地留学 ~摂関家研究で東大へ 生涯で一番の財産に~

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 1978年、中野実業高校から屋代南高校に転勤しました。女子校だった屋代南が共学になった年で、男子サッカー部ができるので顧問として来てほしいというのが理由でした。ずっと監督を務めた中野実業のサッカー部は、私が指導したからというのではなく、生徒たちが自主的に活動し、SBC杯などで好成績を挙げていました。

 屋代南に移ると、不思議だったのですが、宮下豊次校長が内地留学の話を教えてくれたのです。東京大学史料編纂(へんさん)所長の稲垣泰彦教授が受諾してくれ、教授会審査、承認を経て、79年4月から東大内地研究員になりました。

 研究テーマは「摂関家政所下文(せっかんけまんどころくだしぶみ)の研究」。近衛家と九条家を中心とした摂関家の発給文書の研究です。

人間的なつながり
 天皇家が出す国政文書の研究者はいましたが、摂関家の研究をする人がいなかった。私が最初のテーマ研究者ということで、東大でも認めてくれたのです。しかも、県教育委員会が月給のほかに、留学先の生活費や研究費まで出してくれ、本当にありがたいことでした。

 稲垣先生の指導は「内地留学の1年が終わってから、自費で東京に来た時に、質問できる研究者との人間的なつながりをつくりなさい」というものでした。その時の私は、人間的なつながりがそんなに大事だとは分かっていませんでした。

 今になって東大関係の研究者とのネットワークが、生涯の研究生活での一番の財産になりました。これがなければ、大学共同利用機関でここまで専門研究をやってこられなかったと思います。

 東大史料の利点は、全国の大学研究者の研究分野の情報がほぼ全部、把握できたことです。どの大学の誰がどんな分野の研究者なのか分かるようになり、国立歴史民俗博物館に移ってから、共同研究立案の際に大きな力となりました。

 2つ目が、最先端研究者からの「耳学問」が、研究テーマをつくる上で大いに役立ちました。東大史料の先生に聞くと、史料が新出か否かや、研究の進ちょく状況、未解決な研究課題が何か、どの研究分野は誰が最先端の研究者であるのかなど情報がすぐに判明するのです。

 私は、東大史料編纂所で全国の史料を調査して、摂関家政所が出した文書が106点あることを確定しました。すると、稲垣先生は「百の古文書のうちから三つの史料で論文を仕上げなさい」と指導してくれました。3点で書くというのはどういうことか。

魅力と奥深さを体感
 普通の大学生が学ぶ歴史学は、新しい史料を見つけて史実を探り出す実証的歴史学で、卒論などで身に付けます。大学院生クラスになると、現代の研究課題から史料群を探索して、過去から教訓を引き出す問題提起型歴史学を学びます。日本史学専門の准教授は、学会で未解決な研究課題について仮説を立てて、史料分析によって論証する「学問としての歴史学」を学びます。

 3点の史料で書くというのは、学会で論点となっている問題が何かを見つけて、学問として歴史学を身に付けなさいということ。自然科学同様、歴史学も史料による仮説と実証の繰り返しであることを初めて教えてもらうとともに、学問としての歴史学の魅力と奥深さを体感しました。
(聞き書き・中村英美)
(2017年4月8日号掲載)

=写真=単身赴任当時、東大史料編纂所を訪れた妻と長女(1979年)