
学問の世界は、旧来の知識に対して、新しい疑問や問題点を発見し、仮説を実証していくことが、大きな業績になります。
今の貨幣経済の自由市場原理では、利子は、借金を返さない限り、無限に増えるのが常識になっています。私はこれに疑問を感じました。
古代・中世の史料によると、借米の利息は2倍まで、借銭は1・5倍までと決められ、それ以上の利息をとると、裁判では「違勅(いちょく)罪」となって罰せられていたことが分かりました。中世では、無利子の借銭がたくさん機能し、債務者の権利を保護する原理が併存していることも判明しました
2002年1月に東京大学の「史学雑誌」に発表した論文「中世借用状と質券之法(しちけんのほう)」は、巻頭に採用されました。
中世に「質券之法」
今日、貸し方である債権者の権利は認められていますが、借りた方である債務者の権利保護はありません。ところが、中世には「質券之法」といって、債務者の権利を保護する慣習法があったことを発見したのです。
「質地に永領の法なし」といって、中世では、質物は流れても、返済の意志がある限りは、他人の所有にはならず、債務者に返還されなければなりませんでした。それで私的所有によって物権(土地所有権)が、債券(質券)に優越する原理は近代社会になってから機能したものだと主張したのです。
近代以前には債務者と債権者の権利保護が拮抗していた原理が機能していました。この論文が発表されると、次々に新しい仕事が飛び込んでくるようになりました。
半年後の7月、日本銀行金融研究所の研究メンバーに委嘱され、貨幣史研究会東日本部会での報告を依頼されました。全国の国立、私立大学から選抜された研究者の報告と討論で、日本銀行の第1~3課長が出席。この時は、慶応大学の鈴木公雄教授が座長を務めていました。
私は「中世の出挙銭と宋銭流通」と題して▽古代末期から院政期にかけて、在地では稲の種もみや農料の貸し付け活動である稲出挙(いねすいこ・出挙=利子付き貸借)や銭出挙(ぜにすいこ)が行われていたこと▽治承2(1178)年に朝廷でも私出挙(しすいこ)の利息は、借りた本銭の2倍でストップする利息一倍法を制定して、民間での出挙を公認したこと▽嘉禄元(1225)年に朝廷と幕府は銭貸出挙(せんかすいこ)の利半倍法と稲出挙の利倍法を制定して、公武一体で銭貸出挙と銭一般の利用を公認したこと―などを報告しました。
後の著書で骨格に
今後の経済政策を考える上で、今の利子が無限に増えるという方策はおかしいと指摘し、中世のように債務者と債権者両方の権利を保護する政策をとることが大事だと主張したのです。利益中心ではない循環型経済原理としては、これが一番良いと考えました。
この時の研究報告は、日銀の事務官がまとめ、後日通知で送られてくるとともに、ウェブ閲覧で誰でも見られるようになりました。この新説が後に著書の「中世借金事情」や「ニッポン借金事情」の骨格となったのです。
(聞き書き・中村英美)
(2017年9月9日掲載)
写真:金融研究所から見た日本銀行本店