
2009年1月、吉川弘文館から単行本「中世の借金事情」を出版しました。
学界からは、学術誌「日本歴史」が「債務者と債権者の権利を共存させる思想が不可欠だとする提言は、多くの共感を得るだろう」と好意的な反響でした。東大の「史学雑誌」は「これから前近代の経済史を学ぶ者には必読の書」と評価してくれました。
社会的反響も大きく、赤旗は読書欄「本と人と」で「貧困化を防ぐシステムがあった」と取り上げてくれました。日本経済新聞からは特集記事執筆の依頼があり、「恥の観念が不履行を抑制していた」という文化欄の署名記事になりました。「本の雑誌」も「常識がひっくり返る中世借金事情」と書評を載せてくれました。
全国を巡って撮影
6月にはNHKEテレの藤波重成ディレクターから、日本の債務史について、古代、中世、近代、現代の4回にわたって番組をつくりたいと依頼がありました。当時放映されていた「NHK知る楽・歴史は眠らない」シリーズの番組で、教材となるテキストの出版を伴う仕事でした。大阪大学大学院の集中講義を頼まれていた年でもあり、にわかに忙しくなりました。
番組制作は、藤波ディレクターを中心にカメラマン1人、音声担当2人、運転手、私の計6人でクルーを編成。8月26日から9月7日まで、千葉、大阪、和歌山、山形、徳島、神奈川、東京を巡って撮影が行われました。
さらに10月1日、NHK出版協会から「知る楽 歴史は眠らない ニッポン借金事情」が2万部、出版されました。番組は6日から「借金は社会の潤滑油」「借金も財産のうち」「借り手の保護から貸し手の保護へ」「住宅ローンとクレジットカード」の順に毎週1回、4回放映されました。
番組では、▽日本の古代・中世社会では、債務者保護の慣習法が生きていた▽近世社会から利子は無限に増殖し、明治大正期から近現代社会では、債権者保護の政策のみになっている▽債務者保護と債権者保護の両方によって債務と債権の循環が無限に続く政策の必要性―を問題提起しました。
タイムリーな内容に
東京新聞の投書欄に、「借り手を追い込まずに返済させ、共同体を存続させる昔の人々の知恵に感心した。現代の経営者にも見ていただきたいシリーズだ」と投書がある一方、ネット上で「読むに値しない書物」という名古屋大学准教授の発言もありました。
4回目の放送時は、米サブプライムローン問題に対して、オバマ政権が住宅ローン債務者保護政策を打ち出し、債権者である金融機関への公的資金投入策を米議会が否決するという大きなニュースがあった時期でした。日本でも、当時の亀井静香金融・郵政改革担当相が、中小企業の債務者の返済猶予対策の実施を決めたと発表があったころで、タイムリーな内容になりました。
高い評価を得たEテレの25分番組は、その後NHK総合テレビの50分番組として、10年1月7日と28日に再放送されました。最先端の研究は、歴史書の刊行やNHKの教養番組制作などという新しい仕事や未経験の体験をさせてくれました。
(聞き書き・中村英美)
(2017年10月7日号掲載)
写真:NHK番組の取材撮影で訪れた粉河寺(和歌山県紀の川市)