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19 米国研修 ~家族6人全員で渡米 バージニアに2年間

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 1992年のある夜、家族で食事をしていた時、駒大仏教学部長の田中良昭先生(前駒大総長)から電話がありました。「順番では池田さんになる。そろそろ国外研修に出たらどう」とのお誘いでした。両親に相談すると「家族を皆連れて行ってこい」と勧めるので、夫婦と子ども4人の家族6人全員で米国へ渡航することになりました。

 駒大国外研修員として、期間は92年から2年間。滞在先は米南東部バージニア州シャーロッツビル市。研修場所はバージニア大学のポール・グローナー教授の研究室です。

 グローナー先生は、エール大学の故スタンレー・ワインシュタイン教授(駒大院卒、保坂玉泉総長門下生)の高弟で、日本仏教の研究者。比叡山を開創した最澄や、魔よけの角大師として信仰を集める元三(がんざん)大師良源の研究書を刊行しています。

50歳で自動車教習所
 私は駒大大学院時代、大正大学の天台学研究室で先生に何度か会っていました。知己の間柄でもあったので、先生がおられるバージニア大学を研修先に選びました。

 家族と共にがらりと変わる未知の生活環境に、何をどう準備したらいいか思案していたところ、入れ違いに帰国する東大の末木文美士(ふみひこ)教授(後日本文化研究所所長)から、半年前にバージニア大学に来た旧都立大の浅倉むつ子教授(男女共同参画の専門家、山川菊栄賞受賞)を紹介されました。

 浅倉先生からは行き届いたアドバイスなど、渡航前後に親身のお世話を頂きました。「米国では車を運転しないと生活できない」との一声で、渡航直前に家族全員が教習所に通い、6人そろって運転免許を取りました。母は酒飲みの私が免許を取ることに反対していたため、まさか50歳で教習所に通うとは想像もしませんでした。

 家族が6人もいたせいか、現地ではたちまち「プロフェッサー・イケダのビッグファミリー」と評判に。当時は日米経済摩擦が激しい頃で、ジャパンバッシング(日本たたき)が喧伝されていました。現地到着の直後、グローナー先生から「そんなことは政府が言っていること。一般市民は全く関係ありません」と一笑に付されました。

快適な生活
 当時の為替レートは1ドルが90円台という円高の時期で、広い芝生の庭がある2階建てを借り、シボレーの10人乗りバンとトヨタの計2台の車を所有。米国人並みの快適な生活を堪能しました。

 グローナー先生の奥さまのシンディー夫人はバージニア大職員で、地元のガムラン協会の役員をしていました。大学の中庭などでインドネシアの民俗楽器であるガムランの定期演奏会を開き、先生も楽団員として演奏に加わっていました。インドネシアののどかな音色を奏でるご夫妻の姿を懐かしく思い出します。

 毎週のように土曜の夜は、隣人が得意料理(わが家はおでんや巻きずし)を持ち寄ってパーティーを開きました。2人の娘はコミュニティーカレッジで学生生活を楽しみ、年下の2人の息子は市立のアルバマール高校を卒業。次男はクラス代表で、モンティチェロで行われたビル・クリントン大統領の就任演説会に参加し、家族そろって大変感激しました。
(聞き書き・船崎邦洋)
(2018年3月17日掲載)

写真=米国研修へ。家族全員で渡航
 
池田魯参さん