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01 4代目 サラリーマン辞め家業継ぐ

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 今、昨年12月18日から始まった国史跡「旧文武学校」(松代町)の瓦のふき替えをしています。「弓術所外保存修理工事」の一環で、2020年3月までの工期です。建物は9棟あり、その全ての瓦を下ろして、調査選別が終了した段階です。

 私は、3代目小笠原皆吉の長男として生まれ、4代目として瓦職人を受け継ぎました。2年前から次男晋が5代目として継いでいます。

 生まれた当時、家は粘土瓦を作る窯元のため、朝食前、下校後に手伝いをしていました。貧乏人の子だくさん、家は決して裕福ではありませんでした。

 元々、機械いじりに興味があり、図画工作も大好き。勉強は得意でしたが、家の事情で大学進学はあきらめ、卒業後は仕事に就こうと、長野工業高校に進みました。卒業後は富士重工業に入社。仕事や友人に恵まれ、充実したサラリーマン人生でした。

 8年目に入ると、実家では後継者問題が噴出していました。6人きょうだいでしたが、男の子は私一人だけということもあり、当然の成り行きでもありました。

 姉が、転勤先の宇都宮にまで訪ねてきて、直接くどかれたこともあり、家業を継ぐ決意をしました。1967年のことでした。

 跡取りとはいえ、職人の世界ですから、厳しかったです。「手元」といって、下働きからのスタートです。土練りなど、当然、初めて目にし、体験することばかりでした。

 ただ、弱音を吐いてはいられませんでした。必死に勉強して、さまざまな技術を身に付けていき、80年に父に代わって、1900年創業の「小笠原瓦店」代表取締役に就きました。

 周囲の皆さんの支援、協力もいただき、業績も順調に伸ばしました。長野市内をはじめ、近在の住宅、神社仏閣、文化財の仕事に携わり、93年に「信州の名工」、2008年に「現代の名工」に選ばれました。おかげさまで、4年前には「黄綬褒章」を拝受する栄誉を得ることができました。

 瓦というと、地震や風に弱いというイメージを持たれている人も多いと思いますが、近年は対策も施されていて、簡単に落ちたり、吹き飛ばされたりしないような工法になっています。

 古来、神社仏閣の屋根に施されていた瓦。一度ふけば、丈夫で長持ち、維持費も安く済みます。この機会に、日本文化が持つ伝統の良さを、あらためて見つめ直していただければいいと思います。

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小笠原多加夫さんの主なあゆみ

1941(昭和16) 長野市鶴賀で生まれる
48(23) 鍋屋田小学校入学
54(29) 柳町中学校入学
57(32) 長野工業高校入学
60(35) 富士重工業入社
62(37) 同宇都宮製作所へ転勤
67(42) 富士重工業退社
    小笠原瓦店入社
72(47) 徳永栄子と結婚
    母・好子死去
80(55) 代表取締役就任
84(59) 北信組合技能士会長
85(60) 長野県瓦事業組合連合会理事
93(平成5) 卓越技能者長野県知事賞「信州の名工」拝受
94(6) 長野県瓦事業組合連合会副理事長
99(11) 同相談役
2000(12) 全日本瓦工事業連盟理事長から表彰状(業界の発展、組合の指導、育成)
4(16) 長野県北信瓦工事組合技能士会長
   「屋根工事用足場」JIS原案政策委員会委員・作業部会委員
5(17) 全国技能士連合会 マイスター認定
7(19) 日本建築士連合会会長から表彰(わが国建築の伝統的文化の発展に寄与)
8(20) 厚生労働大臣表彰卓越技能者「現代の名工」拝受
9(21) 卓越技能功労者 長野県知事表彰
10(22) 小笠原瓦店 有限から株式会社に
14(26) 黄綬褒章 受章
16(28) 小笠原瓦店取締役会長に就任

(聞き書き・塚田裕文)
(2018年5月12日掲載)