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32 母なる桑11 優しく 力強く ひたすら懇ろに慈しんで

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ねんごろに 毛蚕に振りこむ 桑刻む
背負い来し 桑(籠)(かご)どさと 下ろしたり
蚕盛りの 桑は条ごと 担ぎ来し

      細田裕子

 5月21日から25日のころは、古代中国で生まれた暦・七十二候でいうところの蚕起食桑、つまり「かいこ おきて くわを はむ」時季に当たる。
 芽生えたばかりの桑の葉が、太陽の光を浴び豊かに育つ。それを蚕がもりもり食べ、日ごとに成長していく。養蚕農家には、忙しくも張り合いのわくシーズン到来である。

 そんな農家の蚕飼いの日々をつぶさに見守り、長野市居町の俳誌「若葉」同人細田裕子さんが、数多くの俳句に詠んでいる。

 例えば、冒頭の3句である。

 卵からかえったばかりの、黒い毛をまとった蚕の赤ちゃん。えさの桑を与える際には、小さな口でも食べやすいように、枝先の柔らかい葉を包丁で丁寧に細かく刻んでやる。

 育つにつれ、蚕の食べる桑の量も増える。大きな籠に摘み取った葉を詰め、重みに耐えながら背負って来ては、どさっと下ろす。

 もう繭を作るのも間近。ますます食欲盛んになり、桑を枝ごと担いできてそのまま与える。一枚一枚摘んでいては間に合わない。

 細田さんの俳句からは、蚕飼いにいそしむ人の所作が、一つ一つ目に浮かんでくる。実際にその場に立ち会い、音も匂いも含め丸ごと五感でとらえているからだろう。

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 1994(平成6)年のことだった。成人学校の俳句講座をきっかけに打ち込んで5年目、自宅に程近い市内日詰で通りがかりの農家の、風情ある庭に、ただ見入っていた。

 「良かったらどうぞ」。思いがけずその家の主婦の笑顔に誘われ、話し込む。「お蚕さまのこと、知っている? 来年の8月17日、いらっしゃい」。盆の客が帰って時間ができるので、毎年この日を蚕の掃き立てと決めていた。

 長野市街地の東南、千曲川と犀川の出合う一帯は、大豆島甚句が〈ままよ大豆島 蚕の本場〉と歌う通り、もともと養蚕が盛んだった。平成のそのころ、主婦のたっての希望で近在では1軒だけ、年に1回の蚕飼いだった。

 当日、蚕を育てる蚕室に一歩入ると、ホルマリンがにおう。きれいに清掃し、保冷車で運ばれた蚕卵紙から毛蚕を、蚕座に移す作業が始まる。鳥の羽根でできた羽箒を使い、傷つけないように、優しくそっと掃き落とす。

 養蚕に携わる人の基本の基本は、この「ねんごろに」の一言に尽きる。「慈しみ」と言い換えてもいい。同時に重い桑を運んだりする力仕事でもある。

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 まさしく養蚕は、初めから終わりまで優しく、そして力強い営みだ。
(2018年5月12日掲載)

左=柔らかく伸びろ  桑の若葉
上= [桑の踏ん張り]タチアオイの花と競い合う(長野市神楽橋)  
 
蚕糸王国うた紀行