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12 窯焚きを始める ~習うより慣れろで 大変さを痛感する

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 私が最初に携わった大きな工事は、1973年の長野県短期大学新築工事でした。1期工事は屋根坪が500坪あり、2期は300坪でした。建物中央に高さ30メートルの塔屋があり、短勾配以上の傾きがある野球のホームベース型と、三角形の片流れの屋根が難物でした。

 当初の設計仕様は金属葺きでしたが、メンテナンス面のことも考えたらしく、桟瓦(さんがわら)葺きに代わっていました。

 ただ、あの塔屋の複雑な屋根の形状に、引き受ける施工業者が現れず、県から相談を受けました。そこで、平瓦だけの桟瓦葺きから、平瓦と丸瓦を組み合わせた重厚感と、瓦の源流が醸し出す歴史感を持ち合わせている本瓦葺きを提案しました。

県短大工事を無事に

 結局、その提案が通り、工事を受注することになりました。ただ、そのころは石油ショックの真っただ中。瓦の入手も困難な状況でもありました。塔屋の屋根の大半の瓦は、自分の店で、成型して乾燥までして、焼いていない状態の白地まで造り、佐久市にあったトンネル窯で焼いてもらいました。トンネル窯は、大量の瓦を一気に焼き上げられる長いトンネルの形をした窯で、当時は県内唯一でした。

 結婚翌年の難しい工事でしたが、無事にやり終え、強く印象に残っています。このころから高齢の父に代わり、窯焚きを始めました。最初のころは父の作業を手伝っていました。職人の世界でよく言われている「習うより慣れろ」という日々を続けて、次第に技を身に付けていきました。

 しかし、仕事の大変さを痛感させられました。

 製造の職人が白地の瓦の窯積みが終了した昼ころから火入れをし、徐々にあぶって十分に水分を飛ばしたところで、本焚きに入っていきます。そして、施工現場から戻ってきた夕方、窯がやや赤みを帯びてきたころに職人と交代して、さらに窯の温度を上げていきます。

 最終温度に達し、窯の中の熱さが安定してから噴煙口を小さくして最終作業です。一気に大量のまきを投入して蒸し焼き状態にする絞り込み工程に入るのは、夜中の12時を回ったころ。それから1時間半から2時間後に窯を完全に密閉し、窯焚きが終了です。

難しかった窯の温度

 窯の中が酸欠状態の還元焼成となり、瓦の表面にいぶし色のカーボン成分が付着し、見事ないぶし瓦となるのです。仮眠を取り、翌朝7時に起床し、8時には弁当持参で現場へ。この一連の作業工程が平均4~5日周期で繰り返されるのです。

 窯の温度は計測器もなく、窯上部の窓から焼けた火の色を見て判断します。その日の気温、湿度、天候に加え、体調にも左右される難しい判断です。

 土の耐火温度を超す温度まで上げ続ければ、土が溶ける状態になり、変形して商品にはなりません。逆に十分に温度が上がらなければ、焼き不足となり、これまた商品にはならず、焼き直すことになります。手間、燃料の大きなロスになってしまい、瓦を焼き上げる中で、重要な部分になるため、非常に気を使います。

 私の店で使っていたダルマ窯は本来、燃焼効率が悪く、製品の歩留まりが悪い窯で、使う燃料のまきの管理も大変でした。
(聞き書き・塚田裕文)
(2018年7月28日掲載)

写真=やり終えた県短大新築工事=工事完了のころ
 
小笠原多加夫さん