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36母なる桑15 ~古木は語る 恵み豊かに村人たちを支え

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 風薫る      文部省唱歌

桑の葉満てて 籠せほひ
急ぎ 野路を 帰り行く
歌もほがらの はらからの
頬に吹き来て 風薫る

    ◇

 桑の葉でいっぱいの重いかごを背負い、急いで野道を帰る。明るく歌も口ずさむ兄弟姉妹たち。ほおに吹き寄せる風がさわやかだ...。

 1935(昭和10)年3月発行の教科書「新訂高等小学唱歌第1学年男子用」に登場する「風薫る」である。〈鳥の音しげき山あひの〉で始まる1番、〈牧場の昼の静けさに〉の2番に続く3番では桑の葉が主役を担う。

 信濃毎日新聞の1面コラム「斜面」を書いていた時だった。5月の風のさわやかさに触れたところ、木曽郡木祖村小木曽に住む74歳の女性が、「風薫る」の歌詞をはがきに写して教えてくれた。

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 長野市若穂川田の70歳の男性も、歌詞と楽譜をコピーし、郵送してくださった。教科書を探し出し、ピアノを弾いて歌ってみたそうで、いい曲です―と、手紙が添えられていた。

 この世代の少なからずが、身近に桑畑の広がる中で育った。若葉がみずみずしく、風にそよぐ光景を記憶している。地域の暮らしにとって桑が大事な作物であった時代は、そう遠い昔ではない。

 長野市真島町に「真島のクワ」として県天然記念物に指定された桑の大木がある。別名「源八桑」とも呼ばれる。先祖の中沢源八(1784~1859年)が、養蚕に力を注いだ名残とされる。一目見てびっくりした。こんなに大きな桑があるのか、と。

 傍らの案内板の説明によると、目通り周囲3・84メートル、樹高約13メートル。こずえが民家の屋根の間から空に抜け出て、なお盛んに葉を茂らせている。

 もう1本の県天然記念物「鍬不取の老桑樹(くわとらずのろうそうじゅ)」としてあがめられてきた木が、下伊那郡泰阜村にあった。1875(明治8)年、泰阜村が発足する以前の村の一つが鍬不取村だ。鍬を取らなくても養蚕で豊かに暮らせるところ―。そんな誇りが込められているとされる。

 ならば老桑樹と対面したい。2017年6月、飯田市の中心から南へ直線でなお12キロほど。所在地の泰阜村三耕地を訪ねれば残念...。既に枯れていた。

 村教育委員会が設けた説明板には、樹齢およそ7百年と書かれている。のたうつように曲がった太い幹はこけむし、頑丈な添え木2本が辛うじて倒れるのを防ぐ。

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 よくぞここまで持ちこたえたものだ。養蚕の母樹として、地域の人たちの敬愛を集めてきた長い歴史がしのばれる。風雪を耐え抜いた老木の姿に見入っていると、目頭が熱くなるのを抑えられなかった。

(2018年7月21日掲載)

写真上=鍬不取の老桑樹
写真下=真島のクワ
 
蚕糸王国うた紀行