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19 甍賞 ~自慢の作品発表機会 全県レベルに広がる

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 瓦屋根の需要喚起に一役買っているのが、「甍(いらか)賞」という瓦屋根の設計実施例コンクールです。愛知県陶器瓦工業組合が主催し、1982年に全国的な規模で始まりました。

 翌年から全国陶器瓦工業組合連合会などの主催に移行しました。歴史のあるコンクールですが、参加者募集が設計者に限られていて、工事業者の技能の成果が反映されにくいという面もありました。

 そのため、甍賞の審査項目や顕彰内容に、技術、技能を追加してほしいという声が少なくなく、かくいう私もその一人でした。「工事業者が気軽に作品を発表できる機会がほしい」という思いの下で始まったのが、「北信甍賞」です。

やりがいを生む期待

 私が北信瓦工事組合長になった94年の10月から、組合員に募集要項や応募カードを配り、1次、2次審査を経た翌年1月の通常総会で、第1回北信甍賞の表彰式が行われました。当初から全県レベルに広げたいという思いがあり、第2回から県瓦事業組合連合会の事業として規模も大きくなり、名称も「信州甍賞」に変わりました。

 このコンクールの意義は、自慢の施工作品の発表の場を持つことで、瓦葺き技能者にやりがいが生まれることへの期待です。審査の公平、公正を期すため、第三者の審査委員長としました。当時、瓦葺き技能検定で主任検定員を務めていた県住宅供給公社理事の岡宮喜三男さんに依頼しました。

 それ以降、岡宮さんには力強い御指導、御支援をいただきました。県瓦事業組合連合会の設立の際にも、アドバイザーとして指導してもらいました。

 信州甍賞も今年で23回を数えます。表彰される作品の写真が、審査の結果とともに、業界紙に掲載されたり、全国組織で発行されるカレンダーにも数多く採用されたりしています。私の店も、第1回の銀賞をはじめ、金賞を含め数多く受賞しました。

 瓦の葺き替え工事を続けてくると、当然多くの人との出会いがあります。中村憲一さんと、私財を投じて技能の普及や教育に尽力された京都の徳舛敏成さんとは、特に貴重で大きな出会いでした。

 中村さんは善光寺顧問でもある中村建築研究所の先々代で、堂宮を主とした設計の匠です。父の代から大変ごひいきにしていただきました。現場にも明るい人で、さまざまな建築に関して、多くの道具を使いこなす器用さも持っていました。

康楽寺本堂の工事

 店が私の代になってから、善光寺だけでも85年の宝庫から2011年の大勧進本堂まで15件の物件を任せてもらいました。

 瓦葺き工事を目指す者にとって、奈良や京都の街に燦然と輝く古い堂楼の本葺き屋根の仕事をするのが夢であり、目標です。14年目にして、私にもビッグチャンスが訪れました。約300坪もある本堂の本瓦葺き工事です。長野市東町の康楽寺です。設計監理は中村建築研究所、工事の総合請負は守谷商会でした。

 初めて上屋の架かる大きな現場で、土葺きのいぶし桟瓦を降ろし、空葺九尺判(からぶきくしゃくばん)本葺瓦による葺き替え工事です。屋根坪は約300坪、使用した瓦の枚数は約4万1千枚に及び、瓦だけの工期が3カ月という大掛かりなものでした。
(聞き書き・塚田裕文)
(2018年9月22日掲載)

写真=私が葺き替え工事をした東町の康楽寺本堂(右)
 
小笠原多加夫さん