
「前日まで普通だった家族が急におかしくなった」「ついさっき何をしたか覚えていない」「何度も同じことを聞いてくる」―。このような症状を訴えて救急外来を受診する患者さんや家族がいます。家族は認知症を心配することが多いのですが、突然の記憶障害を起こす「一過性全健忘」の可能性があります。
同じ質問を繰り返す
「一過性全健忘」は、中高年(平均年齢60歳前後)の人に突然発症する一過性の健忘(物忘れ)が現れる病気です。年間に発症するのは人口10万人当たり5・2人から32人とされ、長野市の人口では年間20~120人の人が発症する計算になります。
「全健忘」という病名は、記憶が保てず、ついさっき何をしたか覚えていない「前向性健忘」と、数日前の出来事を覚えていない「逆向性健忘」の両方が起きることに由来します。
物忘れ以外の神経症状はなく、意識や自己認識は保たれます。そのため、患者さんは、自分の置かれた状況に困惑し、同じ質問を繰り返すのが特徴です。患者さんは、普通に会話ができる一方で、どうやって病院に来たか、どんな検査や説明を受けたかを全く覚えていないことがあります。
物忘れが続くのは平均7時間程度で、24時間以内に回復します。ただし、発作が起きている間の記憶が回復することはありません。
落ち着いて病院へ
原因は、激しい運動や精神的ストレス、入浴やシャワー、車の運転、急性の痛み、片頭痛、胃カメラ検査などとする報告がありますが、確かな見解は得られていません。発症の仕組みも、記憶をつかさどる脳の器官「海馬」の虚血、静脈のうっ血、代謝障害などが推測されていますが、結論は出ていません。
物忘れの患者さんが受診した場合、まず脳梗塞や脳腫瘍、てんかんなどでないかを確かめるため、頭部MRI検査や脳波検査を行います。一過性全健忘の多くの場合は、これらの検査で異常が見つかりません。1日以内に自然軽快しますので、治療も必要ありませんが、入院して経過を観察する場合があります。
一過性全健忘は良性の神経疾患ですが、記憶障害を起こすほかの病気を疑ったり、記憶がないことで不安やパニックになったりしがちです。こうした病気もあるということを知り、落ち着いて病院を受診してください。
近藤 恭史 神経内科医長・脳卒中センター医長=専門は神経内科