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01 あの日の私 ~両親の期待を背に上京 夢実現を誓った50年前

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 私は自分の夢に向かって行動を起こした〈あの日〉のことを決して忘れません。今から50年近く前の1970年3月31日、東大に合格した私は両親の熱い期待を背に上京しました。

 長野駅から上野駅までの3時間余り、特急「あさま」の車内でいろいろなことを考えました。この列車には何度も乗りましたが、それは受験だったり、親戚の家に遊びに行くことだったり、どちらにしても帰るあてのある旅でした。しかし、その日の旅はワンウェー、つまり帰るあてのない旅。これから東京に行って俺はたったひとりだけで暮らさなければいけないのだ。そう思うとふと不安がよぎりました。

 長野駅で「頑張れよ」と両親の声援を受けるまで、私の心に不安はひとつもなく、あったのは自信だけ。これから東京に出て、俺はとにかく頑張るのだ、そう思っただけでやる気が湧いてくるのでした。

 列車は軽井沢を越えて横川へ、そして高崎、大宮へ...。終点の上野まであと30分を切ったあたりから、なぜか涙がにじんできたのです。覚悟していたとはいえ、今日から誰も知らない所で、ひとりで暮らしていかなければならないということを改めて実感したとき、えも言われぬ孤独感と不安感が、夏の積乱雲のように心全体を覆ってきました。そのとき、故郷に帰りたいと思いました。でも、帰ることはできない。自分で決めた以上、もう帰ることはできないのだ、と私は自分に言い聞かせたのでした。

 私の故郷、須坂市の〈原風景〉は家から歩いて5分ぐらいの所にある百々川(どどがわ)に架かっている橋の上から見た風景。毎日この橋を渡って長野高校に通いました。

 360度見渡すかぎり山に囲まれた私の故郷。今でも目をつぶると360度山なみのシルエットが鮮明に浮かんできます。

 橋の上に立って長野市方面をながめると北信五岳と呼ばれる五つの山が連なっています。左から右へ、まずは戸隠山、近くにあるのでひときわ大きく見える飯縄山、黒姫山、妙高山、ちょっと離れて斑尾山と、それはもう絶景と言っていい。さすがは「北信五岳」と言われることはあります。

 斑尾山からさらに右へ時計回りに行くと高社山、さらにその奥にはスキー場で有名な志賀高原があり、さらに右に行くと丸いきれいな山の横手山。そしてラグビーのキャンプ地として有名な「への字」形の菅平がある。さらに右を見ると、はるかかなたには冬になると雪をたたえた北アルプス連峰が見えます。3000メートル級の山をかかえるだけにギザギザ頭の連峰はまさに壮観です。

 360度パノラマのわが故郷。見渡すかぎり周りを山に囲まれていますが、それだけではありません。百々川の橋から数分も歩けば、とうとうと水をたたえた千曲川にはよく川遊びで行きました。兄たちと自転車に乗って、千曲川の河原を競走したものです。北信五岳に北アルプス連峰、そして豊かに流れる千曲川。今でも目を閉じると、その〈原風景〉が鮮明に蘇(よみがえ)ってきます。

 その風景に向かって「あの日」私は誓ったのです。「何があっても、俺は俺の夢を東京で実現してみせる」と。

 故郷の山なみ、川のせせらぎ、水遊びをした遠い夏の思い出。自然と両親と過ごした幼い日々がフラッシュバックしてきます。と同時に、幼い日々が懐かしくなり、両親と暮らした幼い日々に帰りたいという気持ちが湧いてきます。

 私は今年の4月27日で69歳になります。大学に合格して上京したときが18歳ですから、あれからもう50年がたったことになります。志を抱いて故郷を出た「あの日の私」は、今の私を見たらどう思うだろうか? 「あの日の私」が今の私に問いかける。「お前の夢はかなったかい?」。そして「俺の夢は眠っていないか?」と。その答えを探す旅が始まります。

写真=ディスクジョッキーを務めるラジオ番組で


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富沢一誠(いっせい)さんの主な歩み

1951(昭和26)富沢定雄・たかのの三男として須坂市中島町で出生
64(39)須坂市立井上小学校卒業
67(42)須坂市立墨坂中学校卒業
70(45)長野県立長野高校卒業、東京大学文科Ⅲ類入学
71(46)音楽評論家としてデビュー
73(48)初の単行本「あゝ青春流れ者」出版
74(49)東京大学文科Ⅲ類中退
75(50)単行本「俺の井上陽水」出版
79(54)単行本「松山千春・さすらいの青春」「さだまさし・終りなき夢」出版
88(63)レコード大賞審査員

92(平成4)FM NACK5「Age Free Music」パーソナリティー
97(9)テレビ東京「音楽通信」コメンテーター
2000(12)テレビ朝日「Mの黙示録」コメンテーター
06(18)レコード大賞常任実行委員
10(22)アルバム「あの素晴しい曲をもう一度~富澤一誠・名曲ガイド。時代が生んだ名曲39曲~」プロデュースでレコード大賞企画賞受賞
14(26)BSテレビ東京「あの年この歌」コメンテーター
17(29)レコード大賞アルバム賞委員長
18(30)尚美学園大学副学長
19(令和1)BS日テレ「イマウタ」コメンテーター、日本作詩大賞審査委員長

(2020年1月1日掲載)

 
富沢一誠さん