
子供の頃のことは意外と覚えてはいないものです。そんな中でも一つや二つ印象に残っていることもあります。私には「ジャンパー事件」というものがあります。
あれは確か小学2年生の頃のことでした。キルティングのジャンパーがブームになりました。あの頃はきわめて画期的で、子供心にカッコいいと思ったものです。軽くて、そのうえ体にフィットしていたので、寒い地方の子供たちにとっては最高の防寒具でした。
このジャンパーがものすごい勢いで学校中に普及し始めました。私のクラスでも半分以上が着てくるようになったでしょうか。
私はオヤジに前々から頼んでいたジャンパーを買ってくれ、と本気で訴えました。しかし、オヤジの返事は「買ってやるから、あと1カ月待て」。1カ月と聞いて、私はとたんに反抗してしまいました。
「1カ月なんて待てないよ。今日買ってよ。そうじゃないと、俺だけになっちゃうもん、ジャンパーを持っていないのは...。だから、早く買ってよ」
「...」
「買ってくれないなら、学校なんか行かないからね」
私は相当ねばりました。子供心に必死でした。それは友達に遅れをとりたくないという見えだったかもしれません。
「ねえ、買ってよ...」
私は泣き始めていました。
「早く、学校へ行きなさい」
「ジャンパーを買ってくれなきゃ嫌だよ」
その時です、子供に手など上げたことのなかったオヤジの平手打ちが飛んできました。
ピシャ!
驚いて大声をあげて泣き出した私に、オヤジは言いました。
「バカ者! 買ってやんないと言ってるんじゃないんだ。1カ月待てと言ってるんじゃないか。どうして、お前は1カ月待てないんだ」
オフクロが駆けつけて来ました。
「泣かないで...。きっと買ってやるから...」
オフクロになだめられて、私は泣きながら学校へ行きました。
私はみじめな思いをし続けていました。「一誠ちゃんは、ジャンパー持っていないの」、そう言われるたびに泣きたい思いでした。
しかし、1カ月「がまん」したおかげで、私はみんなが着ている以上に高価な「緑のジャンパー」を買ってもらうことができたのでした。このときほどうれしかったことはありません。がまんにがまんを重ねて手に入れることができただけに、天にも昇るほどのうれしさでした。
私はそのとき、幼いながらも、自分の本当に欲しいものはがまんして初めて手に入るんだ、と知りました。
オヤジと酒を飲んでいると、時々、この「ジャンパー事件」の話になったものです。これは後日談ですが、あのときはオヤジもつらかったらしい。商売がうまくいかずにお金がなかったということです。だから「1カ月待て」と私に言ったわけですが、そんなことを子供の私が知る由もありません。オフクロによると、この「緑のジャンパー」は大切に保管してあるとのことで、今でも実家にあるかもしれません。
ジャンパー事件以来、私はがまんすることを知りました。そしてやがて、自分の欲しいものは自分で苦労して手に入れるものだ、という考え方をするようになりました。
大きな夢をつかむためには、ある程度のがまんをしなければなりません。谷があって初めて山だとわかるように、不自由を知っている人間が初めて自由を満喫することができるのです。その意味では、私たちはまず不自由を知らなければならないのです。
(2020年1月11日掲載)
写真=父・定雄(右)と母・たかの