
「希少なトンボがいる」。6月初旬、日本トンボ学会会員の福本匡志さん(54)=長野市=から連絡があり、北信濃の山里を案内してもらった。
幹線道から外れ、民家が点在する集落を抜ける。水田地帯の山際に幅1~2メートル、水深10~20センチほどの小川。ショウブやセリ、アシなどの水草が茂る川沿いを歩くと、飛翔したかと思うと、水草に止まり、じっと静止したままのトンボが...。お目当てのモイワサナエをカメラにとらえることができた。
サナエトンボ科で、体長4・5センチ前後。「サナエ」は、晩春から初夏の早苗取りの時期に発生することに由来する。北海道の藻岩(もいわ)山で最初に発見されたことから和名がある日本固有種。国内には三つの亜種に分類され、県内産は北海道から信越地方北部に分布する原名亜種(基本種)とされ、開田高原が南西限とされる。
南信を除く全県に分布するが、生息地は丘陵地や山地の河川の中・上流域に限られ数も少ないという。近年、開発や水質悪化などにより減少傾向で、2015年の県版レッドリスト改訂では準絶滅危惧種に加わった。
標高300メートルほどというのはモイワサナエとしては低い生息地だが、「きれいな湧き水が絶えず流れているためでは」と福本さん。
小川の起点には、地元の人が古くから野菜などを洗う屋根付きの洗い場がある。昭和の終わりころ水路を改修した時に淡水魚のスナヤツメの生息が分かり、地元の人たちが野鳥に捕食されないようネットを張るなど水辺環境の保全を続けている。
「住む人たちの営みの中で残されてきた自然。多様な生き物が命を紡ぐ貴重な場所を大切に見守っていきたい」と福本さんは話している。
(2020年7月11日掲載)
写真=草の葉の上に止まるモイワサナエ。小昆虫を狙っているのか、頭部を時折くるっと回した=北信濃の山里で6月6日撮影