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 禁断の人魚の肉を食べて800歳まで生きたという伝説の八百比丘尼。「無限の住人」は、図らずも比丘尼から不老不死の肉体を与えられ、永遠の孤独に落とされた侍、万次の壮絶な戦いを描いた大活劇だ。

 流派統一を唱える剣客集団の逸刀流に道場をつぶされ、両親を殺された少女・凜(杉咲花)は、「百人切り」の異名を持つ万次(木村拓哉)に敵討ちの用心棒を依頼する。虚無感にさいなまれて時を流れてきた万次は、はるか昔に命を落とした妹に似た面影を宿す凜のため、戦いに身を投じる決意をする。

 原作者の沙村広明は、19年かけて連載したこの作品で、文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞。海外でも人気が高く、アメリカの権威あるコミック賞の一つ、ウィル・アイズナー漫画業界賞で最優秀国際作品賞を受賞している。

 原作コミックを完全に再現したキャラクターたちのビジュアルは斬新で異形。手にする武器も個性的で半端ではない。万次の風貌は片目をつぶされ、顔には大きな傷跡が残る。

 ニヒルで白と黒の着流し姿は、往年の時代劇ファンなら一世を風靡(ふうび)したヒーロー、丹下左膳に姿を重ねるに違いない。

 ぶっきらぼうで突き放しながら、どこか優しさと悲しみをにじませる不死身の万次役の木村拓哉は、激しい殺陣をスタントなしでこなしたという。

 野望を抱く逸刀流統主の天津影久を、悪役でありながら美しく繊細に演じた福士蒼汰をはじめ、最強の女剣客の戸田恵梨香、市原隼人、栗山千明らの若手に加え、田中泯、市川海老蔵、山崎努らベテランが重厚で見事な剣さばきを見せる。

 「十三人の刺客」(2010年)で13人対300人の怒涛(どとう)の対決シーンに采配を振るった三池崇史監督ならではのアクションバトルは健在。百人切りに始まり、骸(むくろ)が累々と積み重なる300人の敵とのスピード感あふれるクライマックスは圧巻だ。チャンバラの面白さと魅力が詰まっている。

 限りある命だからこそ、人はみな必死に生きる。無限の中で生きる意義を見いだそうとする万次の思いが切ない。
=2時間21分
(2017年4月22日号掲載)

=写真=(C)沙村広明/講談社(C)2017映画「無限の住人」製作委員会
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 美しく傲慢(ごうまん)な王子が魔女の怒りを買い、醜い野獣の姿に変えられてしまう。呪いを解くのは真実の愛だけ。魔法のバラの花びらが全て散るまでに、野獣を愛する者が現れなければ、王子は永遠に野獣のまま...。フランスの童話「美女と野獣」をアニメ化したディズニーが、新たに実写版で映画化した。

 おしゃれや恋愛よりも読書に夢中なベル(エマ・ワトソン)は、村人たちから変人扱い。娘たちにもてもてで、うぬぼれ屋のガストン(ルーク・エバンス)にしつこく求婚されても無視している。

 ある日、市場に出掛けたまま戻らない父親を探してたどり着いたのは、野獣(ダン・スティーブンス)の城だった。牢(ろう)に捕らわれた父親を救うため身代わりを申し出たベルに、城の調度品に変えられた召使いたちは、奇跡を起こす女性が現れたのでは―と、希望を抱く。

 1946年にフランスの詩人ジャン・コクトーが監督をしたことでも知られるファンタジー。91年のディズニー版は、アカデミー史上初めて、アニメで作品賞にノミネートされ、主題歌が歌曲賞を受賞。アラン・メンケンは最優秀作曲賞を受賞した。25年以上たっても色あせず、ミュージカルナンバーの素晴らしさに感動する。

 共に暮らすうちに野獣は少しずつ人間の心を取り戻し、ベルもまた野獣の意外な一面を知り、次第に心を通わせていく。ベルがゴージャスな黄色いドレス姿で踊るダンスシーンは夢見るようにロマンチックだ。技術の進歩が実写化を可能にしたというだけに、食器たちが空中を舞いながら晩さん会の支度をする豪華絢爛(けんらん)なシーンをはじめ、アニメさながらの躍動感があふれている。

 燭台(しょくだい)の給仕長はユアン・マクレガー、置き時計の執事はイアン・マッケラン、ポット夫人のエマ・トンプソンら、イギリスの名優たちが歌声を披露している。だが、何といってもベル役のエマ・ワトソンの澄んだ歌声に引き込まれる。

 アニメでは出せない人間のぬくもりが物語に寄り添う。ディズニーのこだわりが満載のミュージカル・エンターテインメントだ。
=2時間10分(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
(2017年4月15日号掲載)

=写真=(C)2016 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
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 愚行とは考えの足りない愚かな行いのこと。「愚行録」は第135回直木賞候補に挙がった貫井徳郎の傑作ミステリーの映画化だ。

 エリートサラリーマンの夫と美しく優しい妻とかわいい一人娘という誰もがうらやむような幸せな一家3人が惨殺されてから1年。犯人が捕まらないまま、事件は迷宮入りしようとしていた。

 週刊誌記者の田中(妻夫木聡)は、過酷な家庭環境で共に育った妹の光子(満島ひかり)がある事件で逮捕されるという心配事を抱えながら、未解決事件の真相を求めて、関係者への取材にのめり込む。

 被害者の夫、田向浩樹(小出恵介)の同僚やかつての恋人。妻友希恵の大学時代の同期や友人たち。ところが田中のインタビューに答える彼らの証言によって、夫婦の印象はオセロのように表と裏が入れ替わり、完璧に見えた夫婦の意外な実像があぶり出されていく。

 最初は褒めながら「でもね」と他人の欠点をあげつらう。羨望(せんぼう)と嫉妬が生み出す醜悪な感情が、その人物の本性をさらけだす。登場人物たちが次第に本音を吐き始める姿に、人間の身勝手さと愚かさを見せつけられるようだ。無意識に発した言葉や行動が相手の心を傷つけ、蓄積された恨みが殺意へと変わっていく。

 田中の冷ややかな視線は、スクリーンを見つめる観客に、鋭い刃を突き付ける。知らず知らずのうちに愚行を行っているかもしれない恐ろしさに、背筋が凍りつくようだ。

 原作者が「映像化は不可能」と言った複雑な人間関係が、薄紙をはぐように明らかにされる展開の面白さ。原作の世界観が見事に映像化され、犯人捜しのミステリーでありながら、複雑な心理ドラマとしても見応え十分だ。

 「悪人」(2010年)、「ミュージアム」(16年)などで悪役もこなした妻夫木聡は、心の闇を持つ青年役を、すごみさえ感じる演技で圧倒する。

 ロマン・ポランスキー監督を輩出したポーランド国立映画大学で学んだ石川慶監督は、ポーランド人のピオトル・ニエミイスキを撮影監督に起用。映像美と質感も見どころだ。
=120分
(2017年4月8日号掲載)

=写真=(C)2017「愚行録」製作委員会
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 広大な宇宙で究極の選択を迫られたとき、どう決断するのか。「パッセンジャー」は、極限の中で運命と闘う男女の愛を描いた。

 冬眠ポッドに眠る5千人の乗客(パッセンジャー)を乗せた豪華宇宙船アヴァロン号は、はるか遠い惑星を目指し120年という宇宙の旅を続けていた。

 しかし、原因不明の誤作動でジム(クリス・プラット)は90年も早く目覚めてしまう。もう1人、目覚めた乗客、オーロラ(ジェニファー・ローレンス)も、わが身に起きた非情な現実を知り絶望する。2人が次第に打ち解け、希望を見いだした時、最大の危機が宇宙船に迫っていた。

 新たな惑星で力を試そうと乗り込んだエンジニアのジムはエコノミークラス、作家として華やかに活躍していたオーロラはファーストクラスの乗客。目覚めた後に受けるサービスの質の差は歴然としている。あまりの格差が皮肉な笑いを誘う。

 本来なら出会うことのない2人がひかれあっていくのは、まさにSF版「タイタニック」。神秘的な宇宙でのデートシーンはロマンチックだ。

 登場人物がほぼ2人だけという特異な展開が続くが、最後まで目を離せないほどエキサイティングなのは、主演の2人がもつ魅力によるところが大きい。

 恋する女性としてセクシーに美しく変化するオーロラ役のローレンスは「世界にひとつのプレイブック」(2012年)で、22歳でアカデミー賞主演女優賞を受賞。演技はもちろん、アクションもこなす実力派だ。演技派のパワーをみせつけるのがアンドロイドのバーテンダー役のマイケル・シーン。機械でありながら人間的という奇妙な存在感が見事だ。

 スタイリッシュな宇宙船のデザインを手掛けたのは「インセプション」(10年)でアカデミー賞美術賞にノミネートされたガイ・ヘンドリックス・ディアス。今年のアカデミー賞では美術賞とトーマス・ニューマンが作曲賞の2部門にノミネートされている。

 ラブロマンスにアドベンチャー、スペクタクルとさまざまなエッセンスが融合して濃密なドラマを生み出した。
=1時間56分
(2017年3月25日号掲載)
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 英国の女性参政権運動を描いた「未来を花束にして」の原題「サフラジェット」は、戦闘的な女性参政権活動家の蔑称で、約100年前の実話を基に生まれた物語だ。

 1912年のロンドン。女性の選挙権を要求する運動が激化していた。エメリン・パンクハースト(メリル・ストリープ)が率いる女性社会政治同盟が「言葉より行動を」と呼び掛け、電話線の切断、ポストの放火、家屋の爆破など破壊活動を行っていた。

 7歳から洗濯工場で働き続けているモード(キャリー・マリガン)は、破壊の現場で巻き込まれたことをきっかけに、自身も声を上げ始める。警察の取り締まりのターゲットにされた妻を恥じた夫は、息子を取り上げて離縁してしまう。

 安い賃金と劣悪な労働環境の中、教育も思想も無縁で、夫や上司に従順に生きてきたモードがなぜ立ち上がったのか。投獄され、愛する息子を奪われた孤独に耐えながら、次第に目覚めていくモードの瞳がまぶしく美しい。

 女性たちを当然の権利のように支配し、暴力を振るう社会に怒りを覚える。階級社会の英国で、男女平等の普通選挙が実現したのは1928年のことだ。平凡で名もなき女性たちの存在が、現在を築いてきたことを、私たちは思い知らされる。

 女性参政権が本格的に認められたのは20世紀になってから。日本では1945年の終戦後のことである。サウジアラビアはわずか2年前の2015年だった。長い闘いの歴史がいまなお続いていることに衝撃を受ける。

 女性初のアメリカ大統領誕生かと期待されたヒラリー・クリントン氏は、敗北宣言で「ガラスの天井」と口にした。女性の社会進出を阻む見えない壁の予想以上の分厚さに、落胆しながらも「いつかきっと誰かが破る」というメッセージを残した。

 この映画は過去を描いているのではなく、未来へ希望を託した女性たちの熱い願いに満ちている。
=1時間46分
(2017年3月18日号掲載)

=写真=(C)Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.
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 第2次大戦中のユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)の最重要戦犯として手配されていた元ナチス親衛隊中佐アドルフ・アイヒマン。「アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男」は、アイヒマン裁判の裏で、封印されてきた男の存在をサスペンスタッチで描いた実録ドラマである。

 戦争犯罪の告発に執念を燃やすフリッツ・バウアー検事長(ブルクハルト・クラウスナー)は、大勢の元ナチ党員が終戦後も中枢に居残り、捜査を妨害することに、いら立ちを隠せないでいた。

 ある日、ユダヤ人亡命者からの手紙で、アイヒマンがアルゼンチンのブエノスアイレスに潜伏していることを知る。水面下でアイヒマンの捕獲作戦に動き出すが、バウアーの敵対勢力も、彼の失脚を狙って謀略を巡らせていた。

 孤立無援のバウアーがどうやってアイヒマンを追い詰めたか。バウアーに協力した若い検事に忍び寄るわな。緊迫した展開が続く。

 ラース・クラウメ監督は「1950年代のドイツは、敗戦から経済復興に走り、戦争犯罪の追及がおろそかになった。歴史がどんどん記憶から消えようとする時の流れの中で、意識の風化との闘いに自身の存在意義を見いだした男の贖罪(しょくざい)の物語だ」と語る。

 自身がユダヤ人で、ホロコーストの犠牲者になりかけたバウアーは、負の遺産が未来をつくるという信念のもと、命をかけて徹底的に追及した。アウシュビッツに関わった人たちを裁き、ヒトラー暗殺を企て反逆者として捕らえられた人たちの名誉を回復するなど、ナチスが犯した戦争犯罪を白日の下にさらした功績がある。

 終戦から70年以上がたち、「アイヒマン・ショー」「ハンナ・アーレント」「顔のないヒトラーたち」「アイヒマンの後継者」など、アイヒマンが登場した多くの作品が制作されている。これらの作品が描く戦争の非道さ、反戦の願いを、21世紀に生きる私たちもくみとり共鳴したいと思う。

 ドイツアカデミー賞では作品賞、監督賞など6冠に輝いている。
=1時間45分
(2017年3月11日号掲載)

=写真=(C)2015 zero one film/TERZ Film
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 「LA LA LAND ラ・ラ・ランド」は、今年のアカデミー賞で史上最多の14部門にノミネートされている注目の作品だ。ジャズの鬼教師と生徒の確執を描いた「セッション」(2014年)で、高く評価されたデイミアン・チャゼル監督により、歌、音楽、ダンス、脚本の全てがオリジナルというミュージカル映画である。

 ハリウッドにやってきた女優志望のミア(エマ・ストーン)が恋に落ちた相手は、売れないジャズピアニストのセブ(ライアン・ゴズリング)。最初の出会いは最悪だったが、互いの夢を応援し合ううちに、深く愛し合うようになる。だが、セブが生活のために加わったバンドが成功したことから、2人の間に亀裂が生じてしまう。

 ラ・ラ・ランドは、ハリウッドの愛称で夢の国のことを指す。2人が初めてすれ違うフリーウェーでのシーンでは、大渋滞する車から次々と降りてきた人たちが歌い、踊る。この躍動的なオープニングは、ワンテイクで撮られていて、一気に映画の世界に引き込まれる。

 2人がデートするグリフィス天文台で、飛び立ったミアとセブが、星空を泳ぐようにステップを踏む幻想的なシーンは、かつてのフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの優雅なダンスを思い起こさせる。クラシック映画の名シーンを再現したかのようにロマンチックだ。

 赤や緑、黄、青の鮮やかな原色が衣装や背景に取り入れられている。色彩心理の視点からみても興味深い。

 主演の2人が歌やダンス、ピアノの猛特訓を重ね、吹き替えではなく、自身でこなした役者魂にも圧倒される。

 ナチュラルでいて、計算し尽くされた監督の手腕のしたたかさ、現代的なセンスとハリウッドの黄金時代にオマージュをささげたミュージカルシーン、成功の代償と愛を問う普遍性―。監督のこだわりから生まれた三位一体の魅力にあふれている。

 ゴールデン・グローブ賞では、作品、主演男優、主演女優、監督、主題歌、作曲の各賞をはじめ、最多7部門を受賞。ミュージカル映画としてパーフェクトな作品となった。
=2時間8分
(2017年2月25日号掲載)

=写真=(C)2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved. Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND. Photo courtesy of Lionsgate. 
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 「マリアンヌ」は第2次大戦中のフランス領モロッコのカサブランカが舞台だ。名作「カサブランカ」(1942年)と同じ舞台から、また一つ愛のドラマが誕生した。

 ナチスドイツの脅威に対抗して、26カ国が連合軍を結成したばかりの1942年。イギリスの諜報(ちょうほう)員マックス(ブラッド・ピット)は、カサブランカに潜入する。一足先に送り込まれたフランスのレジスタンス、マリアンヌ(マリオン・コティヤール)と夫婦を装い、滞在中のドイツ大使を暗殺するという危険な任務だった。

 魅力的なカップルを演じ、ドイツ人たちの信用を得た2人は見事にミッションに成功。死線を越えて闘った2人は、ひかれあい結婚する。聡明(そうめい)で美しい妻と愛らしい娘とのロンドンでの3人暮らしをしていた。だが、思いがけない疑惑をかけられ、幸せな日常が一変してしまう。

 スパイ同士の禁断の愛。恋に命を賭した2人のスパイの実話を基に、オリジナルの脚本が書き上げられたという。

 だましのプロであるマックスとマリアンヌ。互いに素顔を隠した2人の結婚は、真実の愛なのか陰謀なのか。最後の瞬間まで、観客はその答えを探して、スクリーンから目が離せない。

 周囲の人間を一目でとりこにするミステリアスな美女役のコティヤールのあでやかさ。冷徹で腕利きのスパイを演じたピットはこれまで、二枚目より演技重視の奇抜な役柄が多かったが、久しぶりに端正な素顔を全開。美男美女が表情や目線でせりふ以上に語りあう大人の愛に、うっとりとしてしまう。果てしないモロッコの砂漠で、押し殺してきた感情を解き放った2人が、激しく求め合うシーンは象徴的で切ない。

 監督は「フォレスト・ガンプ/一期一会」(1994年)でアカデミー賞を受賞したロバート・ゼメキス。スパイが暗躍する戦争ドラマの緊張感と男女の愛を織り交ぜて、サスペンスに満ちたラブストーリーを作り上げた。

 1940年代を再現した洗練された衣装は、アカデミー賞衣装デザイン賞にノミネートされている。
 過酷な運命に翻弄(ほんろう)された愛の物語は、あまりにも悲しく美しい。
=2時間4分
(2017年2月18日号掲載)

=写真=(C)2016 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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 シャブリ、ロマネコンティ、ボージョレ...。世界的なワインを生み出す有名ワイナリーが点在するフランスのブルゴーニュ地方。「ブルゴーニュで会いましょう」は老舗ワイナリーを舞台に、家族の絆と再生を描いた物語だ。

 鋭い味覚と豊富な知識を持つシャルリ(ジャリル・レスペール)は、パリで著名なワイン評論家。彼の辛口ガイドブックがワインの売れ行きを左右するほど、一目置かれている。

 そんな彼のもとに、実家のワイナリーが倒産の危機にひんしていることが伝えられる。由緒あるワイナリーだが、シャルリには、頑固な父親のフランソワ(ジェラール・ランバン)との確執から、20歳で故郷を飛び出した苦い過去があった。

 シャルリが戻ることで1年の猶予が与えられたが、利き酒はできてもワイン造りは全くの素人。ワイナリー復活のアイデアを思い付くが、失敗すれば、自分の名声もすべて失うもろ刃の剣だった。

 ジェローム・ル・メール監督はブルゴーニュに魅せられ、発想から10年かけて作品を完成させた。シャルリ役のレスペールも、監督としても活躍している。

 名優たちの共演とともに見逃せないのは、ブルゴーニュを旅するかのような映像の素晴らしさだ。ルネサンス時代や中世の城が点在する歴史と豊かな自然。全編ブルゴーニュでの撮影はフランス映画史上初めてという。

 スクリーンに広がる豊かな大地。土造りから収穫まで厳しい管理が続く。その年の気候や土地の性質、作り手の経験がものをいう熟練の世界である。収穫のタイミングを一つ間違えただけで、別物になってしまうという繊細なワインの世界に驚いた。ワイン誕生の過程が丁寧に描かれて興味深い。テイスティングのシーンではうんちくの数々が楽しくて、ワイングラスを片手に見たくなる。

 後継者問題、ライバルワイナリーの一人娘とのロミオとジュリエットばりの恋も、物語の大切なスパイスだ。

 ワインと恋と人生が重なり合い、レガシーが生まれる。芳醇(ほうじゅん)な香りに包まれるような幸せな物語だ。
=1時間37分
(2017年2月11日号掲載)

=写真=(C)ALTER FILMS - TF1 FILM PRODUCTIONS - SND
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 「恋妻家宮本」は、愛妻家ではなく、妻に恋する夫という造語をタイトルにして、熟年離婚の危機を描いたコメディーである。重松清の小説「ファミレス」を「家政婦のミタ」の脚本家として知られる遊川和彦が、脚本・監督を手掛けた家族のハートウォーミングな物語だ。

 大学時代に「できちゃった結婚」をした陽平(阿部寛)と美代子(天海祐希)は、一人息子が結婚して独立したため、50歳で初めて二人きりの生活をスタートさせる。ところが、本棚から妻が隠していた離婚届を偶然見つけた陽平は、問いただす勇気もなく、疑心暗鬼に陥り悶々(もんもん)と苦悩の日々を過ごすのだった。

 不器用だけれど、中学校の教師として真面目に働く陽平のキャラクター全開となるのが、原作のタイトルでもあるファミレス。種類豊富なメニューを前に注文が決められない優柔不断さに、イラッとさせられながらも、あまりに見事なダメっぷりに笑ってしまう。

 実は、陽平を悩ます料理が物語の大切な脇役の一つだ。料理は家族の絆を強め、相手を思いやる心を込めた料理はかたくなな心も動かすパワーがある。

 陽平が趣味で通う料理教室で出会う主婦や婚約中の女性とのエピソード。母親の不倫から家庭に問題を抱えている受け持ちの生徒、井上少年のために腕振るう陽平の料理の数々も見どころだ。

 大なり小なり、人生は常に選択をしながら歩んでいくものだが、何が正しいか、結論を出すのは難しい。妊娠によって互いの夢を大きく修正しながら27年連れ添った夫婦が、人生の後半でどんな答えを出すのか。

 いつしか関心が薄れて空気のような存在になった二人。妻の本音、夫の本音、心の声を紡いで、笑いと涙にあふれるドラマチックなエンターテインメントに仕上げた脚本はさすがだ。夫婦のありかたを問い掛けながら、切なさがじんわりと心に染みてくる。

 エンドロールに吉田拓郎の「今日までそして明日から」が流れる。45年も前の作品なのに、なぜかピタリと物語にはまっていることに驚く。人生を共に支えあう熟年カップル必見のデートムービーだ。
=1時間57分
(2017年1月28日号掲載)

=写真=(C)2017  『恋妻家宮本』製作委員会