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(C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation and TSG Entertainment Finance LLC

 あどけない10歳の少年の目を通して、ユーモアたっぷりに戦争の本質を鋭く突く―。「ジョジョ・ラビット」は、トロント国際映画祭観客賞を受賞したほか、ゴールデングローブ賞でも主要2部門にノミネートされた話題作だ。

 第2次大戦下のドイツ。ヒトラーに心酔する少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)は、ナチス党の青少年組織ヒトラーユーゲントの訓練に参加する。教官からウサギを殺せと命令されるが、心優しいジョジョがひるんだため、臆病者の「ジョジョ・ラビット」と不名誉なあだ名で呼ばれるはめに。落ち込むジョジョを慰め笑顔にさせるのは、いつも前向きな母親のロージー(スカーレット・ヨハンソン)だ。ひそかにレジスタンス活動をするロージーは、自宅の隠し部屋にユダヤ人の少女エルサをかくまっていた。偶然、気づいたジョジョは混乱するが、あることを思いつく。

 孤独で気弱なジョジョがつくり出した空想上の友達は、なんとアドルフ・ヒトラーその人。なにかにつけてジョジョの周りに現れ、操ろうとするが、その極端な動きはコミカルで、「チャップリンの独裁者」(1940年)をほうふつとさせる。しかもヒトラーに扮するのは、なんとタイカ・ワイティティ監督自身だ。これまでも監督だけでなく、俳優、脚本も手掛けるマルチな才能で注目を集めている。

 「アーリア人は優秀」「ユダヤ人は下等な悪魔」「本を燃やせ!」。純真な子どもの時から教え込む、洗脳教育の恐ろしさ。大人たちまでがプロパガンダに誘導され、大義を信じ込んでいたということに、当時のドイツ全体を覆う狂気と愚かさが伝わる。笑いと憎悪を融合させナチズムの非道さを風刺するという、これまでにない切り口はコメディー映画というジャンルを飛び越えて、見事な人間ドラマになった。こんなユニークな戦争の描き方があったのかと驚かされる。

 ジョジョを演じたローマン・グリフィン・デイビスは映画初出演。受賞は逃したものの先日開催されたゴールデングローブ賞に、わずか12歳で主演男優賞にノミネートされたという天才ぶりだ。
=1時間49分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
(2020年1月18日掲載)
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(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

 韓国映画として史上初のカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝いた「パラサイト半地下の家族」。「グエムル 漢江の怪物」(2006年)、「母なる証明」(09年)などで知られる韓国の奇才ポン・ジュノ監督の最新作だ。

 日の光もろくに当たらず電波も届かない、半地下の部屋で暮らすキム一家は家族4人が全員失業中。一家の大黒柱ギテク(ソン・ガンホ)は事業に失敗し、「甲斐性なし」と妻にののしられている。まず一抜けしたのが大学受験に失敗し続けている浪人生の長男ギウ(チェ・ウシク)。友人の名門大学生に家庭教師の仕事を紹介され、高台の大豪邸に暮らすIT企業の社長パク家に面接に訪れる。偽りの学歴ながら受験のスキルにたけるギウはパク夫人の心を捉え、見事に女子高生ダヘの家庭教師に収まった。子どもの教育に不安を抱える若いパク夫人に、言葉巧みに紹介したのは美大生志望の妹のギジョン。落ち着きのない末息子ダソンの美術家庭教師となり、次第にパク家に侵食していく。

 ニュース映像などでよく目にする韓国社会のひずみ。貧富の格差は裕福なパク家と貧乏なキム家そのままだ。モダンで洗練された家と薄暗くごみためのような半地下の部屋。持つ者と持たざる者の悲哀が、彼らの生活ぶりに描かれる。過酷な受験戦争を勝ち抜いた者が勝者となり、肩書が人間性を押しつぶし階級社会へと押しやる社会の残酷さがスクリーンからにじみ出る。羨望やねたみ、怒りが人間を突き動かす瞬間を捉えるポン・ジュノ監督のなんと巧みなことか。

 物語は人間ドラマ、サスペンス、コメディー、社会風刺、家族愛、さまざまな旋律がせめぎあい、時には不気味なハーモニーを奏でる。最後に残るのはどんな感情なのか。自分の心にパラサイトした何者かがうめき声をあげる。カンヌ国際映画祭で審査員が満場一致で選んだということがうなずける激しく強い物語だ。
 ポン・ジュノ監督自らネタバレを禁止するほど、予想のつかない展開に身をゆだねるしかない。
=2時間12分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で公開中
(2020年1月11日掲載)

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(C)2019こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 こうの史代原作の漫画をアニメ映画化した「この世界の片隅に」は2016年に公開後、ロングランヒットし、キネマ旬報の日本映画ベストテン1位、日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞など高い評価を受けた。新たにいくつものエピソードを加えた新作が「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」だ。

 昭和19年2月。絵を描くことが大好きな18歳のすずに突然縁談が持ち上がり、広島から呉に嫁ぐことになった。相手は海軍勤務の文官、北条周作。そのころの日本は戦争の真っただ中で、戦況の悪化で配給物資も乏しく日々の暮らしは困窮してゆく。明るくおっとりとした性格のすずは、食事や衣服など工夫を凝らして毎日の暮らしを乗り越えてゆく。

 どんなに苦しくても人は命ある限り生きていかなければならない。第2次世界大戦が舞台でありながら、戦闘ではなく人々の日常を丁寧に描くことで、平凡に暮らせること、平和であることの幸せを強く訴えかけてくる。

 戦争が人々から奪うものの大きさ。軍港である呉は激しい空爆が続き、故郷の広島には原爆が落とされ、すずの大切なものが次々と奪われてゆく。どんな時も耐えていたすずが、憎しみと怒りをあらわにする瞬間だ。

 何故、周作がすずと結婚したのか。次第に明かされてゆく秘密に、前作の隙間が埋められて物語のもう一つの側面が見えてくる。

 すずの女性としての愛と成長を描くエピソードが遊郭の娘リンとの出会いだ。同じ年頃でありながら、苦界に身を置くリンは大人びた表情を持つ美しい女性だ。リンがすずに語り掛ける。「この世界にそうそう居場所はなくなりゃせんよ」。どこにでも居場所はある、どこでも芽は出せると。

 ヒロインすずの声を演じるのは前作と同じ「のん」。失敗しても「あちゃ~」と照れる姿がなんともかわいく、ほのぼのとした声に癒やされる。競うのではなく、相手を潔く認める素直さが、この争いの多い生きにくい現代にも大切だと改めて教えてくれる。

 心にしみるささやかな時間がゆったりと過ぎてゆく。
=2時間40分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で12月27日(金)から公開
(2019年12月21日掲載)
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(C)2019 「カツベン!」製作委員会

 今からおよそ100年前、映画が活動写真と呼ばれ、まだ音はなくサイレント(無声)だった時代。楽士が伴奏を奏でる中、舞台に立ち、役者のせりふに声をあて、物語を解説したのが「カツベン」こと活動弁士。日本映画ならではの語りの文化にスポットを当てた周防正行監督の最新作が「カツベン!」だ。

 その語りのうまさが劇場の人気を左右したという、まさにスーパースターのような存在だった活動弁士に子どもの頃から憧れていた俊太郎(成田凌)は有名弁士の名をかたり、泥棒一味の片棒をかつぐ偽弁士になり果てていた。

 一味から逃亡し小さな町の映画館で雑用係として働き始めるが、そこはライバル映画館に弁士を引き抜かれ、つぶれる寸前。代わりに舞台に立った俊太郎は人気弁士になり、女優を目指す初恋相手の梅子とも再会する。

 順調にみえたのもつかの間、俊太郎を追ってきた泥棒一味だけでなく、執拗(しつよう)に追跡する刑事(竹野内豊)までやってきた。

 これまでオリジナル作品を手掛けてきた周防監督が、初めて第三者の脚本を映画化した本作。見どころの一つが周防監督が一番大事にしたという、劇中に登場する無声映画の数々だ。

 「金色夜叉」「不如帰(ほととぎす)」に始まり「椿姫」「ノートルダムのせむし男」「十戒」など、監督初挑戦の時代劇から名作洋画まで、すべて監督自身が新しく撮影した。実在する作品と同じアングルで撮影し、フィルムの汚れや傷まで忠実に再現したという。大正時代の撮影シーンの面白エピソードや、ぜいたくな出演者の顔ぶれを見るのも楽しい。

 現在も活躍しているカツベンたちが弁士の指導や監修にあたり、弁士役を演ずる成田凌や、高良健吾、永瀬正敏らは徹底的にたたき込まれたそうだ。その弁士ぶりが見事だ。

 エンドロールではオリジナルの無声映画が映され、ラストまできっちりと楽しませてくれる。日本映画の歴史をたどる、周防監督ならではのこだわりあふれる、まさにエンターテインメント映画となった。

=2時間3分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)

長野千石劇場((電)226・7665)で公開中
(2019年12月14日掲載)
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(C)2019「決算!忠臣蔵」製作委員会

 時は元禄14(1701)年、播州赤穂藩主の浅野内匠頭が江戸城・松の廊下で刃傷事件を起こし即日切腹、藩はお取りつぶしとなった。赤穂事件の始まりである。赤穂浪士四十七人が宿敵、吉良上野介の首を取り主君の敵討ちを果たした討ち入りは、江戸庶民の喝采を浴び「忠臣蔵」として今も語り継がれている。

 「決算!忠臣蔵」の原作は、山本博文・東京大学教授の「『忠臣蔵』の決算書」。大石内蔵助が実際に残した「預置候金銀請払帳(あずかりおきそうろうきんぎんうけはらいちょう)」から、1年9カ月に及ぶ藩士たちの動向を読み解いた歴史の研究書だ。脚本も手掛けた中村義洋監督は、「コメディーで」という難題に見事応え、誰もが知る一大悲劇を定説をくつがえす群像劇へと変身させた。

 開城か籠城か。「武士の一分」を果たそうといきり立つ藩士をいさめ、御家再興を願ったもののかなわず、敵討ちへと舵(かじ)を取り直したことで、お金がかかる敵討ちプロジェクトが動き出す。

 「なんでやねん!」と怒り、ぼやく大石内蔵助役を堤真一。「ちゃいますの」と冷静に切り返す勘定方・矢頭長助役は岡村隆史。監督が一番好きなキャラクターという大高源五役の浜田岳ら、俳優とお笑い芸人たちの間に飛び交う関西弁が悲壮感をあっさりと消し去る。

 討ち入りの予算総額は800両、現代の貨幣価値に換算するとおよそ9500万円。亡き内匠頭の正室瑤泉院(ようぜいいん=石原さとみ)の持参金が使われた。金銭感覚の違いからどんどんお金が減るなか、さらに内蔵助がもん絶しそうになるのが、監督お気に入りの「深川会議」のシーンだ。

 討ち入り直前の段取りを話し合うのだが、武具に始まり衣装やら小道具やら、それぞれの思惑で費用が発生するごとに残金が消えてゆく。画面にお金が表示されるたびに、右往左往するそろばん侍に抱腹絶倒してしまう。

 史実を大切にしながら素晴らしいイマジネーションで一大プロジェクトを膨らませた中村監督。現代人の共感を大いに呼ぶ、これまでに見たことがない忠臣蔵が誕生した。
=2時間5分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
(2019年11月30日掲載)

写真=舞台あいさつで長野を訪れた中村義洋監督
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(C)2018 HOTEL MUMBAI PTY LTD, SCREEN AUSTRALIA, SOUTH AUSTRALIAN FILM CORPORATION, ADELAIDE FILM FESTIVAL AND SCREENWEST INC

 2008年11月26日、インドの巨大都市ムンバイでイスラム武装勢力による無差別テロが起きた。現場にいた人々は突然の恐怖と暴力にどう立ち向かい、生き抜こうとしたのか。「ホテル・ムンバイ」は、高級ホテルで実際にあった奇跡の脱出劇を映画化した作品。

 大勢の人々でにぎわう夜のムンバイで銃声が鳴り響いた。同時多発テロが起き、標的となった駅や繁華街で多くの人々が銃弾に倒れた。そのころ五つ星のタージマハル・パレス・ホテルでは、世界中から訪れた人々が優雅な時間を過ごしていた。だがVIP客を狙ってホテルに乗り込んできたテロリストたちが 容赦なく銃弾を浴びせかけ、豪華なホテルは瞬く間に惨劇の場と化していった。

 異変に気付いた給仕のアルジュン(デブ・パテル)は、機転を利かし脱出を試みる。その中には米国人の建築家デビッド(アーミー・ハマー)と、妻のザーラ(地元の大富豪の娘)、生まれて間もない彼らの娘、ミステリアスなロシア人実業家らの姿があった。

 五つ星ホテルのサービスのきめ細かさに感心したのもつかの間、場面は一転。途切れることのない緊迫感が、まるで自身がテロの現場に居合わせたかのような臨場感を生み出す。

 首謀者から遠隔操作されるテロリストは 貧しく家族思いの若者たちだ。まだ少年の面影のある青年がジハード(聖戦)の名の下に、非道な殺人をいとも簡単に行う姿に言葉を失う。憎むべき犯人は一体誰なのか。もしテロに遭遇したらどうすべきなのか。このテロ事件では日本人も犠牲になったという。

 滞在客を守るためにテロリストと向き合ったのは、武器を持たないホテルマンたち。彼らにあるのはホテルへの誇りと自身の勇気だけ。多くの従業員が逃げ出すことなくホテルに残ったという。彼らが起こした奇跡に心を動かされたアンソニー・マラス監督が映画化を企画し、生存者をはじめ警察官、従業員、犠牲者の家族にもリサーチしたという。徹底的な取材から生み出されたいくつもの人間ドラマが、再現ドラマを超えた感動の物語となった。
=2時間3分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野千石劇場((電)226・7665)で11月29日(金)から公開
(2019年11月23日掲載)
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(C)2017 YLK Distribution LLC. All rights reserved. 

 米国の西部開拓史は先住民であるインディアンとの戦いの歴史でもあった。白人に敗れたインディアンは土地を奪われ居留地へと追いやられた。その後も長い間人種差別を受け続けることになる。

 西部劇全盛のハリウッドではインディアンは悪役。奇声を上げて白人を襲い頭の皮を剥ぐ、残虐な存在として描かれてきた。そんなステレオタイプな設定に抗議した名優マーロン・ブランドは、1972年のアカデミー賞授賞式で受賞を拒否したことも話題になった。 何が善で何が悪なのか。米国の負の歴史に挑んだのがスコット・クーパー監督の「荒野の誓い」だ。 

 1892年、米国西部の開拓地。南北戦争・インディアン戦争で戦い続けた英雄、騎兵隊のジョー・ブロッカー大尉(クリスチャン・ベール)が新たに命じられた任務は、がんで余命わずかとなったシャイアン族の首長イエロー・ホークと家族を居留地である故郷のモンタナに送り届けること。仲間を殺された恨みを抱えながら、かつての宿敵を守るという皮肉な旅に出たジョーに、次々と危険が襲い掛かる。

 平然と野蛮人とさげすみ悪意に満ちた白人もいれば、故郷を追われた先住民に同情する白人もいる。脚本も手掛けたクーパー監督は先住民たちを正確に描写することを心掛け、彼らの言語や歴史、文化に深く配慮したそうだ。実際にシャイアン族の首長やコマンチ族のコンサルタントが作品に関わっている。

 コマンチ族の残党が移住を拒否して虐殺を続けていたという。この物語にも狂暴なコマンチ族に家族を殺され、ただ一人生き延びた開拓民の女性ロザリー(ロザムンド・パイク)が旅に加わる。初めはホーク一家の姿におびえていたロザリーが、旅を続けるうちに次第に心を通わせてゆく。そして喪失感にとらわれているジョーもまた、イエロー・ホークと共に戦うことで尊厳と信頼で結ばれてゆく。敵対から生まれた憎悪が許しに目覚めてゆく心の旅路となるのだ。

 撮影監督を日本人の高柳雅暢が手掛け、スクリーンに映し出された雄大な西部の風景も見どころだ。
=2時間15分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で11月16日(土)から公開
(2019年11月9日掲載)
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(C)2019「閉鎖病棟」製作委員会 (C)H.Hahakigi/Sncs

 「閉鎖病棟」とは常時施錠され自由に出入りできない精神科の病棟のこと。「閉鎖病棟  ―それぞれの朝」は、自身が現役の精神科医でもある作家・帚木(ははきぎ)蓬生(ほうせい)の山本周五郎賞を受賞したベストセラー小説の映画化だ。

 長野県のとある精神病院には、さまざまな事情の患者たちが暮らしている。刑の執行が失敗し生きながらえた元・死刑囚、梶木秀丸(笑福亭鶴瓶)もその一人。陶芸に打ち込み、患者たちから慕われる穏やかな態度からは殺人犯の過去は見えない。病院から自由に外出できるチュウさん(綾野剛)は、幻聴に苦しむ元サラリーマン。新たに女子高生の由紀(小松菜奈)が父親のDVが原因で入院してきた。彼らが心を通わせ始めた矢先、思いがけない事件が起きてしまう。

 秀丸、チュウさん、由紀。3人とも一見では精神を患っているようには見えないが、次第に明かされる壮絶な過去は悲惨だ。7キロ減量して役に取り組んだという笑福亭鶴瓶をはじめ綾野剛、小松菜奈の演技が素晴らしい。
 
 社会から冷たい目で見られる精神の病。なぜ人はいとも簡単に他人を傷つけ追い込むのか。淡々と描かれる患者たちが抱える闇は、殺伐とした現代社会が作り出したものかもしれない。どちらが異常でどちらが正常なのか。病院の扉は彼らを閉じ込めるのではなく防御壁のようにさえ見える。

自分の心の病に苦しみながらも明るく振る舞い、他人の痛みを思いやる秀丸の気持ちが切ない。 

 原作に描かれた繊細な人間ドラマにほれ込み11年かけて映画化を実現したのは、日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ海外からも高く評価された「愛を乞う人」(1998年)の平山秀幸監督だ。監督自ら脚本も手掛け、それぞれの心の揺らぎを丁寧にすくいとってゆく。 

 閉ざされた場所から再び社会へ出てゆく勇気。それぞれの朝というタイトルに未来への希望が込められているようだ。

 映画撮影では初めて長野県にある国立の精神科病棟で実際にロケが行われている。
=1時間57分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野千石劇場((電)226・7665)で11月1日(金)から公開予定
(2019年10月26日掲載)
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(C)松竹ブロードキャスティング

 予想を裏切るストーリー展開で昨年の話題をさらった映画「カメラを止めるな」。有名な俳優が出ているわけでもなく、大作でもない作品が口コミで大ヒットし、映画の面白さの原点を改めて教えてくれた。上田慎一郎監督のオリジナル脚本による劇場長編第2弾が「スペシャルアクターズ」だ。

 1500通の応募の中からオーディションで15人が選ばれ、その役者たちの個性を生かした物語をゼロから作るという、上田監督に課せられたとんでもない使命とプレッシャーから生まれたコメディーエンターテインメントだ。

 緊張すると気絶してしまう体質でオーディションに落ち続ける売れない役者、大野和人(大沢数人)は、弟の宏樹と数年ぶりに偶然再会する。和人と同じく役者を志していた宏樹が紹介したのは、俳優事務所「スペシャルアクターズ」だった。映画やドラマだけでなく、依頼人の要求を演技で解決する「何でも屋」の事務所に持ち込まれたのが、カルト教団から旅館を守ってほしいという依頼。教団の裏の顔を暴き、洗脳された家族を救うことができるのか。チームのメンバーになった和人は、気絶しそうになりながらも奮闘する。

 やはり突出しているのが脚本の巧みさだ。「美男美女はメジャー映画で見ればいい。不器用だけど人間として持っている個性が魅力的な人」という基準で選ばれた無名の役者たちに、監督はパズルをはめ込むかのように、あて書きしていったそうだ。顔が売れていないだけに、先が読めないストーリーの奔放さが楽しい。

 映画が持つ仮想や虚構の世界から離れて、登場する物語のエピソードは今の日本で実際に起きている事件や出来事につながるものばかり。うかうかしていると自分自身が被害者になりかねない社会の危うさに、スクリーンの画面に大笑いしながらも時折背筋が寒くなる。人間は誰しも演技しながら日常を生きている存在だと、ふと気づかされる。

 試写室には毎回、宣伝プロデューサーを兼ねている上田監督やキャストが来場してあいさつするという、情熱のこもった一本だった。
=1時間49分
(2019年10月19日掲載)

(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中



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(C)2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

 「シェルブールの雨傘」(1963年)の可憐(かれん)なヒロインを演じ、世界の注目を集めてから半世紀。フランス映画界に君臨する大女優カトリーヌ・ドヌーブと日本の是枝裕和監督が初めてタッグを組んだ最新作「真実」。是枝監督のオリジナル脚本を全編フランスで撮影したヒューマンドラマだ。

 国民的大女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)が自伝本「真実」を出版した。出版祝いに出席するためニューヨークで脚本家をしている娘のリュミール(ジュリエット・ビノシュ)が、娘婿のハンク(イーサン・ホーク)と孫娘シャルロットとともに一家で帰国した。さらにファビエンヌの落ちぶれた元夫ピエール、長年秘書を務めてきたリュックら、ファビエンヌの人生に関わる人々の思いが絡み合う。

 「誰も知らない」(2004年)、「そして父になる」(13年)など、カンヌ国際映画祭で高く評価され、昨年の「万引き家族」は最高賞のパルムドール賞を受賞した。長年フランスとの縁を深めてきた是枝監督だからこそ、キャストもスタッフも言語も文化も違う中で撮ることができたのではないだろうか。

 平然とうそをつき辛辣(しんらつ)な言葉を吐く毒舌家のファビエンヌ。今年76歳になるドヌーブは変わらぬ美貌で、気まぐれで傲慢(ごうまん)な大女優を風格とユーモアさえ感じさせながら貫禄たっぷりに演じている。

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 そんなファビエンヌを触発する新進女優マノン役のマノン・クラベルはオーディションで大抜擢された女優だが、架空の役名から本人の名前に変更されたという新人とは思えない存在感を発揮している。

 離れて暮らす母と娘の確執と和解。娘に見せる母の顔と女優の顔。これは演技か真実なのか。ファビエンヌの言葉や態度に翻弄(ほんろう)され、まさに真実は神のみぞ、いやファビエンヌだけが知る、女優という生きもののしたたかさとすごみを見せつけるドヌーブがなんとも魅力的だ。
=1時間48分

(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
(2019年10月12日号掲載)

写真左=来日し、舞台あいさつするカトリーヌ・ドヌーブ