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(C)2020「望み」製作委員会

 行方不明となった息子は加害者なのか、それとも被害者なのか。「望み」は、凶悪事件に揺れる家族の絆を描いたベストセラー小説の映画化だ。

 建築家の石川一登(堤真一)は、モデルハウスとしても顧客を案内する自慢の自宅に、妻の貴代美(石田ゆりこ)、高1の息子、中3の娘と暮らしている。幸せそうな家族に、ある時、暗い影が差し始める。けがでサッカー選手の夢を断たれ、夜遊びをするようになった息子・規士(ただし)(岡田健史)が冬休みのある晩、家を出たきり、行方不明に。翌日、同じ高校の男子生徒が殺害されたというニュースが流れる。あらぬうわさが飛び交い、一家に非難が浴びせかけられる。

 原作は雫井脩介。「検察側の罪人」の映画化(2018年)が記憶に新しい。執筆時に最も苦しんだというストーリー展開は、現代に生きる私たちの胸に深く突き刺さる。

 規士を犯人と決めつけ執拗で容赦ないマスコミ。手のひらを返すように冷たい周囲の目。興味本位からスマホで撮影した画像をネットにさらす心ない人々。そうした行為のなんと残酷なことか。自分の顔が見えないのをよいことに、簡単に人を傷つけあうネット社会の怖さと醜さに怒りさえ湧いてくる。

 息子の無実を信じるのか疑うのか、親であることが試される日々。夫婦は次第に異なる方向に歩み始める。家族の未来と会社を守るため社会に立ち向かおうとする父親の強さ。無償の愛を注ごうとする母親の切なさ。葛藤する両親の心情を繊細に演じる2人の表情に引き込まれてしまう。理想のキャスティングと、完成までに3年以上かかったという脚本をたたえたい。

 物語の背景に存在感を発揮しているのが郊外に建てられた豪華な家屋だ。高級家具でセンス良く整えられた心地よい住宅が日を追うごとに、家族の不安と重なるように次第に荒れ雑然としてくる。

 真実の見えないまま不安に揺れ動き苦しむ家族の息遣いを、堤幸彦監督はサスペンスタッチで濃密に描く。もしあなたなら、どんな結末を望むのだろうか。
=1時間48分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
(2020年10月17日号掲載)
 皆さんは家族写真を撮っているだろうか? 何げないスナップではなく、家族全員の視線が一つになった記念写真。「浅田家!」は、写真家浅田政志さんの「家族」をモチーフにした2冊の写真集を原案に紡がれた家族の絆の物語だ。

 浅田家は家計を支える看護師の母・順子(風吹ジュン)、主夫として家事を引き受ける父・章(平田満)、長男の幸宏(妻夫木聡)と次男の政志(二宮和也)の4人家族。一家の心配事は政志が定職につかず、ぐうたらしていること。ようやく本気になったのが幼い頃から好きだった写真を撮ることだった。しかもテーマに選んだのは家族がなりたかった職業のコスプレ写真。その発想のユニークさが認められプロカメラマンの道が開ける。

 全国から家族写真の依頼を受け軌道に乗り始めたが、東日本大震災が発生。かつて撮影した家族の安否を気遣い被災地へ向かった政志が目にしたのは、家族や家を失い、悲嘆にくれる人々の姿だった。

 ダメ息子のように見えながら人間的な優しさは人一倍。豊かな発想力から生まれた家族写真には、一枚一枚に家族の歴史とドラマが写し出されている。

 物語のもう一つの核となるエピソードが、東日本大震災で自然発生的に行われた、津波で泥だらけになった写真を洗い返却するボランティア活動だ。

 1年前、長野も台風19号災害に見舞われたばかり。写真館の協力で汚れた写真が洗浄され、被災者の元へと返された。流された家族の思い出が再びよみがえる喜び。写真の持つ力と意味が心の奥深く届いた瞬間だ。

 「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016年)で日本アカデミー賞優秀監督賞などに輝いた中野量太監督が脚本も手掛けている。家族をテーマに作品を撮る中野監督が、こだわりを見せたのが本物の家族感。役者たちのなりきりぶりは、エンディングで映し出されるオリジナルの浅田家の家族写真とうり二つで、思わず吹き出してしまう。しかも撮影したのは浅田氏本人だそうだ。

 なりたかった自分になれたか。悔いのない人生を送っているか。カメラの向こうからそんな声が聞こえてくる。
=2時間7分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
(2020年10月10日号掲載)
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(C)POLO-EDDY BRIERE. 

 2013年の世界児童チェス大会で、バングラデシュ出身の一人の少年の大活躍が注目を集めた。「ファヒム パリが見た奇跡」は、チェスの天才少年の波瀾万丈の実話の映画化だ。

 バングラデシュの首都ダッカに住む8歳の少年ファヒムは大人顔負けのチェスの名手。政変に身の危険を感じた父親は妻を残し、ファヒムを連れてフランスのパリへ向かう。難民申請の許可を待つ間、フランスの有名なチェスのコーチ、シルヴァン(ジェラール・ドパルデュー)の下で厳しい指導を受けトーナメントを目指すが、難民申請は却下され強制送還の危機に見舞われる。

 チェスの起源は1500年以上前の古代インドの「チャトランガ」というボードゲームにさかのぼるという。戦争好きの王に戦いをやめさせるためゲームを作り献上したのが始まりとされる。それだけに、知恵と精神を集中させて戦う競技シーンは緊迫感にあふれている。

 「チャトランガ」は世界に広まり日本の将棋もその流れの一つと聞くと、チェスのルールを知らなくても、ぐっと親近感が湧く。フランスのチェス人気は高く、才能のある子にはコーチがつくそうだ。かつて名選手だったコーチ、シルヴァンの熱意とユニークな指導法がファヒムの才能を開花させてゆく。

 そんなチェスのはらはらする面白さと対照的に描かれるのは、人道支援に取り組むフランス社会の現状だ。ファヒムが身を寄せる難民センターは、さまざまな国からの移民や難民を受け入れるが、期限が切れるとホームレスとなり路上で暮らす人々も多いそうだ。世界的な観光地で目にするホームレスの姿に、観光国フランスとは全く違う表情が見えてくる。母国から亡命し、言語も習慣も違う国で生きることの困難。果たしてファヒム父子は困難を乗り越えることができるのか。

 その半生をつづった自伝が出版され、テレビ番組に出演したファヒムを偶然見たピエール=フランソワ・マルタン=ラバル監督は映画化を決意したのだそうだ。自ら人生を変え未来をつかみ取った少年の奇跡はまさにドラマチックだ。
=1時間47分

 (日本映画ペンクラブ会員、ライター)

 長野千石劇場((電)226・7665)で公開中

(2020年9月26日号掲載)
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(C)2019 SND, tous droits reserves.

 乱獲が原因で絶滅の危機に瀕しているカリガネガンを救え! 映画「グランド・ジャーニー」は、人間が人工孵(ふ)化した鳥たちと一緒に飛んで、安全な飛行ルートを教えるという実話を基に生まれた。父と息子の絆と家族の再生を描いた冒険物語だ。

 南フランスに住む気象学者で鳥類保護活動家のクリスチャン(ジャン=ポール・ルーブ)は、別れた妻と暮らす14歳の息子トマと5週間のバカンスを一緒に過ごすことになった。オンラインゲームに夢中で田舎暮らしにうんざりしていたトマだったが、カリガネガンの孵化の場面に遭遇したことをきっかけに、ひなの親代わりとしてかわいがるようになる。 

 成鳥になり「渡り」を教える日が近づくが、思いがけないトラブルから、トマ一人で飛び立ってしまう。少年と渡り鳥たちの旅は人々の注目を集めるが、いくつもの危険が待ち受けていた。

 主人公のモデルとなったクリスチャン・ムレクは超軽量飛行機を独自開発し、かつて鳥たちが繁殖していたノルウェーのラップランドとフランスの間を渡るという、無謀とも思えるプロジェクトを10年以上かけて成功させた人物。ドキュメンタリー映画「WATARIDORI」(2003年)の撮影・製作や、本作では脚本に関わっている。

 ラップランドを目指して、ヨーロッパの大空をゆうゆうと羽ばたく渡り鳥たち。嵐のシーン以外、ほぼコンピューターグラフィックス(CG)なしで撮影されたというから驚きだ。

 自身も冒険家で地球保護活動家であるニコラ・ヴァニエ監督は「多くの人に世界の美しさを見せて伝えたい」と語る。その熱い思いが捉えるのは地球の大いなる遺産。眼下に広がる壮大な風景は、まるで観客自身が鳥になったかのような浮遊感と高揚感に包まれる。映画が持つ映像体験の素晴らしさに言葉を失ってしまう。

 ゲーム機の小さな画面から本物の世界へと、少年が冒険を通して知る生命の重み。少年から青年へと成長していく姿に心が震える。

 子どもたちの情操を養う優れた映画として、長野県の推薦映画に認定されている。
   =1時間53分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野ロキシー((電)232・3016)で26日(土)から公開
(2020年9月19日掲載)
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(C)2018 BOLD FILMS PRODUCTIONS, LLC

 リュック・ベッソン監督に見出され「レオン」(1994年)で衝撃のデビューを飾ったナタリー・ポートマン。当時13歳だった。「ブラック・スワン」(2010年)で、精神的に追い詰められてゆくバレリーナを熱演し、アカデミー賞主演女優賞を受賞した。新作「ポップスター」で挑んだのは、ステージで燦然(さんぜん)と輝く歌姫(ディーバ)だ。

 セレステ(ナタリー・ポートマン)は14歳の時、同級生による銃乱射事件に巻き込まれ、事件の犠牲者に捧げる追悼曲を作ったところ、大ヒット。敏腕マネジャー(ジュード・ロウ)と契約しスターへの階段を駆け上がる。だが31歳となったセレステは、スキャンダルな言動に走り、お騒がせスターとなっていた。再起をかけたツアーが始まる矢先、思いがけない事件が起きてしまう。

 純真な少女が富と名声を手にし、傲慢なスターへと変貌してゆく。落ち目になりアルコールや薬物に手を出すのは実際にも耳にする。音楽を愛する気持ちは同じなのに、なぜセレステは鎧(よろい)をまとうようにかたくなになったのか。銃乱射事件のトラウマと17年間抱えた秘密が明かされてゆく。

 会見やインタビューで秘密を暴きだそうとするメディアの質問は暴力的な悪意に満ちていた。ゴシップも悲劇も重要なニュースも同じようにネットで拡散していく、現代の情報社会に危惧を抱いたことが作品のきっかけだった―と脚本も手掛けたブラディ・コーベット監督は語る。

 「ブラック・スワン」ではプリマドンナとしてクラシックバレエを舞ったポートマン。ポップス歌手役の本作は見事な歌声を披露し、新たな才能を見せつける。

 きらびやかなコスチュームの彼女がバックダンサーを従え、切れのあるパフォーマンスを繰り広げる。本物の歌姫と見まがうほどの圧巻のステージは見どころの一つだ。振り付けは、「ブラック・スワン」でも担当し、実生活でパートナーとなったバンジャマン・ミルピエ。人気アーティストのシーアが、映画のために全楽曲を提供しているのも話題だ。
=1時間55分
 (日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野千石劇場((電)226・7665)で公開中
(2020年9月5日掲載)

糸 ~名曲に着想を得た 胸打つ愛のドラマ

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(C)2020映画「糸」製作委員会

 シンガー・ソングライター中島みゆきの歌の世界観はドラマチックで、歌に込められた熱い思いが聴く人の心にさまざまな物語を紡ぎ出す。映画「糸」は、1998年にリリースされた名曲「糸」に着想を得て誕生したラブストーリー。北海道で巡り合った2人の愛の軌跡だ。

 平成元(1989)年生まれの漣(れん)(菅田将暉)と葵(あおい)(小松菜奈)が出会ったのは13歳の時。しかし、養父から虐待を受けていた葵は母親と転居し、2人は遠く離れ離れとなってしまう。8年後、2人がそれぞれ愛する人と人生を歩もうとし始めた頃、思いがけず再会するが、離れていた時間の重さを思い知らされるのだった。

 北海道では雄大な大地に足をつけて生きようとし、大都会・東京では雑踏にのみ込まれそうになる。逃避行先の沖縄、日本から飛び出し挑戦するシンガポール...。2人の生き方に寄り添うような表情を見せるロケーションが印象的だ。

 30年にわたる平成とはどんな時代だったのか。漣と葵の人生に重ねるように平成に起きた出来事が描かれる。東日本大震災、リーマンショック、天災や人災に翻弄されながらも立ち上がり支えあう人々の姿に、絆の大切さを気づかされる。子どもたちを地域で見守る活動の一つとして広がった「こども食堂」。主人公の漣と葵の2人の名前も、実は平成に多くつけられた人気の名前なのだそうだ。

 「縦の糸はあなた 横の糸は私」。細い1本の糸が織り上げる人生の奥深さを切々と伝える歌詞。巡り合うべき運命の糸である漣と葵の愛のドラマが胸を打つ。

 元号が令和になって出現した新型コロナウイルスによる社会の変容は想像を絶するものだった。まるで人間の精神力を試すかのように試練は続く。心が折れそうになりながらも、互いを思いやり乗り越える力を私たちは持っている。

 オープニングでスクリーンいっぱいに映し出されるのは夜空に輝く打ち上げ花火。今年、相次いで中止となった花火大会を、思いがけず映画の中で楽しませてもらった。
=2時間10分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
(2020年8月29日掲載)
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(C)2018-MANDARIN PRODUCTION-FOZ-MARS FILMS-France 2 CINEMA-PLAYTIMEPRODUCTION-SCOPE


 映画「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」は、ヨーロッパで大きな社会問題となった、フランスのカトリック教会神父による少年たちへの性的虐待事件を題材に、フランソワ・オゾン監督が被害者の視点から描いたヒューマンドラマだ。

 リヨンで妻と子どもたちと暮らすアレクサンドル(メルヴィル・プポー)は、幼少期の自分に性的虐待をしたプレナ神父が、今も子どもたちと接する立場にいることを偶然知り驚く。厳正な対処を約束したはずの教会側が見て見ぬふりをしていたことに気づき、ついに告発を決意する。少年時代に同様の体験をしたフランソワ(ドゥニ・メノーシェ)やエマニュエル(スワン・アルロー)も名乗りを上げ、被害者の輪が広がるが、沈黙を破った代償が彼らを待ち受けていた。

 被害者たちのその後の人生はさまざまだ。トラウマと向き合い乗り越えた人もいれば、忌まわしい記憶を拭い切れないまま苦しむ人もいた。オゾン監督は子ども時代に心に傷を受けた彼らの魂と、彼らを支える家族に寄り添いながら、群像劇として、こまやかな脚本を紡いだ。

 20年にわたり、教区を変えながら80人以上の少年たちに性的暴力を働いたとして、現在も裁判が進行中の「プレナ神父事件」。この映画をめぐって、プレナ神父から上映差し止めの裁判まで起こされたそうだ。教会での撮影も禁止されたという。

 これと似た事件は米国でも起きており、ボストン・グローブ紙は90人近い神父のスキャンダルを暴いた。この実話を基に、少年への性的虐待事件を中心に、教会の隠蔽体質とジャーナリズムの本質を問うた「スポットライト 世紀のスクープ」(2015年)は、米アカデミー賞作品賞を受賞した。

 被害者の苦しみと勇気に視点をおいた本作は、フランス映画界最大の賞セザール賞で7部門にノミネート。被害者を演じた男優3人がそろってノミネートされ、スワン・アルローが助演男優賞を受賞した。ベルリン国際映画祭でも審査員グランプリの銀熊賞受賞と高い評価となった。

=2時間17分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野千石劇場((電)226・7665)で8月28日(金)から公開
(2020年8月22日掲載)
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(C)2019 POMS PICTURES LLC All Rights Reserved

 若い女性たちがポンポンを振り、リズミカルにアクロバティックな演技をする。そんなイメージが強いチアリーディングに、平均年齢72歳の女性チームがチャレンジするハートフルコメディー映画が「チア・アップ!」だ。

 余生をゆっくり過ごしたいと、マーサ(ダイアン・キートン)が選んだのは高齢者たちが住む郊外のシニアタウン。ところが引っ越し早々けたたましい隣人シェリル(ジャッキー・ウィヴァー)のお節介で、静かなはずの日常が遠のいてしまう。ひょんなことからマーサの長年の夢だったチアリーディングクラブを結成することに。タウンを牛耳るヴィッキー(セリア・ウェストン)の嫌がらせにもめげず、地区最大のコンテスト出場を目指して特訓が始まった。

 部員募集のオーディションシーンがなんともおかしい。チアリーディング競技は躍動感や笑顔、同調性などで採点されるが、集まったのはめまいに座骨神経痛、体が硬いと、持病を抱えたり、老化が進んだりした面々ばかり。年とともにガタガタになった体にむち打ち、ワンチームになってゆく。撮影ではスタントなしというから驚きだ。

 人生の縮図のような住民たちが集まるシニアタウン。鮮やかなカラーの衣装の老婦人たちに対して、シンプルで着心地が良さそうな服をさらりと着こなすダイアン・キートンならではのファッションも見どころの一つだ。

 次第に心を開き友情を育んでゆくマーサとシェリルを演じたダイアン・キートンとジャッキー・ウィヴァーの実年齢はともに70代半ば。そんな年齢を感じさせないほど笑顔がチャーミングだ。

 タイトルの「チア・アップ」は、日本語では「元気を出して」「がんばれ」と訳されるそうだ。人生の締めくくりを意識するようになる晩年。終活も大事だが一番大事なのは「今を生きる」こと。もう何歳だから、他人から変な目で見られたくないからと決めつけ、自分を閉じ込めるのではなく、夢に挑み残り時間を思いっきり走り抜こう。そんな人生の応援の物語から勇気とパワーが伝わってくる。
(2020年8月8日掲載)

=1時間31分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で8月15日(土)から公開
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(C)2017-JERICO-PATHE PRODUCTION-TF1 FILMS PRODUCTION-NEXUS FACTORY-UMEDIA

 フランス文学最高峰のゴンクール賞で唯一2度受賞したフランスの文豪ロマン・ガリ。その経歴は外交官、映画監督、フランス人女優ジーン・セバーグの夫という、いくつもの華麗な顔を持つ。「母との約束、250通の手紙」はベストセラーとなったガリの自伝的小説の映画化だ。

 1924年のポーランド。ロシアからの移民でユダヤ系のニーナ(シャルロット・ゲンズブール)は、女手一つで育てる息子のロマンに呪文のように言葉をかけ続ける。「お前は将来フランスの大使になる」「お前はトルストイになる」と。貧しさにめげずビジネスに才能を発揮したニーナは、息子が社交界に出るための教育まで施すのだった。

 「男が戦う理由は三つだけ。女、名誉、フランス」の母の口癖通り、青年となったロマン(ピエール・ニネ)は自由フランス軍に従軍し、ドイツ軍との戦いに身を投じる。戦場にも毎週届く母からの励ましの手紙。幼い頃交わした母との約束をかなえるため、ロマンは波瀾万丈の物語を書き上げようとしていた。

 原作は1960年に刊行されたロマン・ガリの代表作「夜明けの約束」(日本では2017年に初めて邦訳が刊行されたばかり)。2度目の映画化となる本作は、フランスのアカデミー賞であるセザール賞で4部門にノミネートされた。

 なかでも秀逸なのは主演女優賞にノミネートされたシャルロット・ゲンズブールの驚異的な存在感だ。一歩間違うとモンスターマザーのように見えてしまうが、すべて息子を守るため。詐欺まがいの行為も臆するところがない。強烈な生きざまにあぜんとしながらも、息子への信頼と愛を貫く姿に圧倒される。父方の祖母がロシアからの移民だったというシャルロットは、なまりやユーモアのセンスなど自身のルーツを役づくりに反映させたそうだ。

 第2次世界大戦下のヨーロッパの歴史を背景に、文豪とその母の苦難と愛情の人生が描かれる。自伝の枠を超えた壮大な物語だ。
=2時間11分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で8月1日(土)から公開
(2020年7月25日掲載)
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(C)Les Films du Poisson- France 2 Cinema- Uccelli Production - Pictanovo

 ある日突然に死を意識し「終活」という言葉が頭をよぎる。死を予感した孤独な老女が、人生を手放すかのように身の回りの物を処分する決断をする。「アンティークの祝祭」は、人生最晩年の一日を凝縮させた人間ドラマだ。

 大邸宅で一人暮らしのクレール(カトリーヌ・ドヌーブ)は、長年コレクションしてきた美術品や家具を庭に並べ、売り始めた。見事なアンティークの大安売りに大勢の人々が詰め掛けにぎわう。疎遠になっていた娘のマリー(キアラ・マストロヤンニ)は母親の奇行を知らされ、20年ぶりに故郷に駆けつける。

 大女優に、女神(ミューズ)や宝石という賛辞が贈られるが、ドヌーブこそ「フランスの至宝」という言葉にふさわしい。若き日のかれんさと類いまれな美貌からトップスターとして君臨し、今年77歳を迎え、いぶし銀ではなくダイヤモンドのように燦(さん)然と輝き続ける。年齢を重ねた貫禄さえ味方につける大女優だと心底思う。

 ジュリー・ベルトゥチェリ監督の要望で初めて白髪姿を披露している。アンニュイなまなざしでたばこをくゆらす、このたたずまいだけで何かを物語る存在感に圧倒される。

 認知症になりかけた老婦人のおぼろげな過去の記憶をよみがえらすのは愛するアンティークたちだ。これまで家の中でだけ飾られていた肖像画やからくり人形が魂を宿したかのように、クレールに寄り添う。彼女の人生と共にひっそりと過ぎてきた時間から解放され、明るい太陽の下で大勢の人間に見詰められる。もう一人の主役といえるアンティークたちの、祝祭の時なのだ。

 クレールと同じように物を集めるのが趣味というベルトゥチェリ監督自身のコレクションも登場している。スクリーンに映し出される素晴らしいアンティークの数々は眼福のひとときを与えてくれる。

 ある事件から疎遠になっていた母娘の再会がもたらす人生の意外な結末。かつてドヌーブとパートナーだったマルチェロ・マストロヤンニとの間に生まれた実の娘、キアラとの母娘共演も話題だ。
=1時間34分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野千石劇場((電)226・7665)で公開中
(2020年7月11日掲載)