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(C)2017-JERICO-PATHE PRODUCTION-TF1 FILMS PRODUCTION-NEXUS FACTORY-UMEDIA

 フランス文学最高峰のゴンクール賞で唯一2度受賞したフランスの文豪ロマン・ガリ。その経歴は外交官、映画監督、フランス人女優ジーン・セバーグの夫という、いくつもの華麗な顔を持つ。「母との約束、250通の手紙」はベストセラーとなったガリの自伝的小説の映画化だ。

 1924年のポーランド。ロシアからの移民でユダヤ系のニーナ(シャルロット・ゲンズブール)は、女手一つで育てる息子のロマンに呪文のように言葉をかけ続ける。「お前は将来フランスの大使になる」「お前はトルストイになる」と。貧しさにめげずビジネスに才能を発揮したニーナは、息子が社交界に出るための教育まで施すのだった。

 「男が戦う理由は三つだけ。女、名誉、フランス」の母の口癖通り、青年となったロマン(ピエール・ニネ)は自由フランス軍に従軍し、ドイツ軍との戦いに身を投じる。戦場にも毎週届く母からの励ましの手紙。幼い頃交わした母との約束をかなえるため、ロマンは波瀾万丈の物語を書き上げようとしていた。

 原作は1960年に刊行されたロマン・ガリの代表作「夜明けの約束」(日本では2017年に初めて邦訳が刊行されたばかり)。2度目の映画化となる本作は、フランスのアカデミー賞であるセザール賞で4部門にノミネートされた。

 なかでも秀逸なのは主演女優賞にノミネートされたシャルロット・ゲンズブールの驚異的な存在感だ。一歩間違うとモンスターマザーのように見えてしまうが、すべて息子を守るため。詐欺まがいの行為も臆するところがない。強烈な生きざまにあぜんとしながらも、息子への信頼と愛を貫く姿に圧倒される。父方の祖母がロシアからの移民だったというシャルロットは、なまりやユーモアのセンスなど自身のルーツを役づくりに反映させたそうだ。

 第2次世界大戦下のヨーロッパの歴史を背景に、文豪とその母の苦難と愛情の人生が描かれる。自伝の枠を超えた壮大な物語だ。
=2時間11分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で8月1日(土)から公開
(2020年7月25日掲載)
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(C)Les Films du Poisson- France 2 Cinema- Uccelli Production - Pictanovo

 ある日突然に死を意識し「終活」という言葉が頭をよぎる。死を予感した孤独な老女が、人生を手放すかのように身の回りの物を処分する決断をする。「アンティークの祝祭」は、人生最晩年の一日を凝縮させた人間ドラマだ。

 大邸宅で一人暮らしのクレール(カトリーヌ・ドヌーブ)は、長年コレクションしてきた美術品や家具を庭に並べ、売り始めた。見事なアンティークの大安売りに大勢の人々が詰め掛けにぎわう。疎遠になっていた娘のマリー(キアラ・マストロヤンニ)は母親の奇行を知らされ、20年ぶりに故郷に駆けつける。

 大女優に、女神(ミューズ)や宝石という賛辞が贈られるが、ドヌーブこそ「フランスの至宝」という言葉にふさわしい。若き日のかれんさと類いまれな美貌からトップスターとして君臨し、今年77歳を迎え、いぶし銀ではなくダイヤモンドのように燦(さん)然と輝き続ける。年齢を重ねた貫禄さえ味方につける大女優だと心底思う。

 ジュリー・ベルトゥチェリ監督の要望で初めて白髪姿を披露している。アンニュイなまなざしでたばこをくゆらす、このたたずまいだけで何かを物語る存在感に圧倒される。

 認知症になりかけた老婦人のおぼろげな過去の記憶をよみがえらすのは愛するアンティークたちだ。これまで家の中でだけ飾られていた肖像画やからくり人形が魂を宿したかのように、クレールに寄り添う。彼女の人生と共にひっそりと過ぎてきた時間から解放され、明るい太陽の下で大勢の人間に見詰められる。もう一人の主役といえるアンティークたちの、祝祭の時なのだ。

 クレールと同じように物を集めるのが趣味というベルトゥチェリ監督自身のコレクションも登場している。スクリーンに映し出される素晴らしいアンティークの数々は眼福のひとときを与えてくれる。

 ある事件から疎遠になっていた母娘の再会がもたらす人生の意外な結末。かつてドヌーブとパートナーだったマルチェロ・マストロヤンニとの間に生まれた実の娘、キアラとの母娘共演も話題だ。
=1時間34分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野千石劇場((電)226・7665)で公開中
(2020年7月11日掲載)
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(C)2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINEMA-SCOPE PICTURES

 もはやインターネットなしで暮らせない現代社会。「私の知らないわたしの素顔」は、見知らぬ他人とも簡単につながれるネットの世界で、素顔を隠してバーチャルな愛に溺れてゆく女性心理を突いたミステリアスな心理サスペンス映画だ。

 大学で文学を教えている50代のクレール(ジュリエット・ビノシュ)はバツイチのシングルマザー。年下の恋人リュドに去られ失意の時を過ごしていたが、相手の動向を探るため「クララ」という24歳の若い女性になりすまし、リュドの仕事のパートナー、アレックス(フランソワ・シビル)のSNSに接触する。チャットを通し親密になるクレールとアレックス。恋にのめり込んでゆくクレールの危うさを、精神分析医のボーマン(ニコール・ガルシア)は危惧するが、自ら積み重ねたうそにクレールは追い詰められてゆく。

 大勢の学生の前で講義するクレールは、社会的地位もあり知的な熟女。同性から見ればうらやましい限りだが、そんなクレールの自尊心をズタズタにするのは、いとも簡単に若い女に乗り換える男の身勝手さだ。老いという現実から目をそむけ、偽りの存在「クララ」でいることに支配されてゆくクレールの女心は切ない。

 原作者カミーユ・ロランスの小説にほれ込み映画化権を獲得したサフィ・ネブー監督が、脚本で当て書きしたのがビノシュだったそうだ。脚本を読んだビノシュの感性によって、さらにクレールという人物に深みが与えられてゆく。大勢の中で見せる中年女性の孤独と、男の関心を失い見捨てられる恐怖。24歳の女性になりきり、新たな恋で輝きを取り戻してゆくかわいらしさと、官能の喜びに自己を解放してゆく大胆さ。揺れる女心を万華鏡のように繊細に表情を変化させるビノシュが素晴らしい。実年齢でもクレールに近いビノシュだからこそ、演技を超えた共感がある。

 誰にでもいずれは訪れる老い。時の残酷な仕打ちを恐れアンチエイジングにとりつかれる女性たちだが、自分らしく生きることこそが、人生を輝かせ続けることを教えてくれる。
=1時間41分
 (日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で公開中
(2020年7月11日掲載)
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(C)2019 Warner Bros.Ent.All Rights Reserved.

 米国ミネソタ州で起きた白人警察官による黒人男性暴行死事件に端を発した抗議デモが米国のみならず世界中に広がっている。映画「黒い司法 0%からの奇跡」は1980年代、黒人差別が根深いアラバマ州で、立証困難な冤罪(えんざい)に挑んだ男の実話が基になっている。

 ハーバード大学ロースクールを卒業したブライアン(マイケル・B・ジョーダン)は、貧困のため弁護士を雇えず冤罪に苦しむ人々を救いたいと、大きな志を抱いてアラバマに向かう。

 地元の同志と共に立ち上げた事務所での最初の仕事は、18歳の少女を惨殺したとして死刑囚となったウォルター(ジェイミー・フォックス)の事件。アリバイがあるにもかかわらず、たった一つの証言で死刑宣告されていたのだ。ブライアンの前には数々の不正と、差別の壁が立ちはだかる。

 アカデミー賞受賞作「アラバマ物語」(62年)や、「評決のとき」(96年)など、これまでも人種差別問題に絡む法廷ドラマの名作が私たちに感動を与えてきた。被告の無実と正義を勝ち取ることができるのか、緊迫の裁判シーンが本作の見どころだ。

 原作は、実在の弁護士ブライアン・スティーブンソンが著した「黒い司法 黒人死刑大国 アメリカの冤罪と闘う」。ニューヨークタイムズ紙のベストセラーリストに180週以上ランクインし、全米黒人地位向上協会(NAACP)から文学平和賞が贈られている。

 映画を見れば見るほど、40年たった今も変わらない人種差別問題の根の深さに驚く。人種差別によるリンチや投獄は、決して過去の出来事ではなく、今まさに起きている現実なのだと思い知らされる。

 基本的人権の保障に取り組む非営利団体を創立し人生を捧げたブライアン。彼の誠実さが多くの人々を変え、希望を生み出した。この作品でもブライアンが救済した元囚人たちが、刑務所の囚人仲間として登場し、彼らの実体験を語っている。 

=2時間17分

(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野千石劇場((電)226・7665)で7月3日(金)から公開
(2020年6月27日掲載)
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 企画から6年の歳月をかけ完成したインディーズ映画「いつくしみふかき」。父と子の絆、善と悪の物語だ。

 父親の顔を知らずに育った進一(遠山雄(ゆう))はひきこもりで仕事が長続きせず、母・加代子(平栗あつみ)を心配させてばかり。実の父である広志(渡辺いっけい)は、30年前に加代子をだまして妊娠させ、村から追放されていたのだ。

 窃盗事件の犯人として疑われた進一は教会に逃げ込む。牧師の源一郎(金田明夫)のもとに偶然、金を借りに広志が姿を現す。牧師の提案で教会に住むことになった広志と進一。互いに実の親子と知らぬまま2人の共同生活が始まった。

 人をだましては金を巻き上げる。平然と人を傷つける悪の塊のような広志を演じた渡辺いっけいは、意外にも映画初主演だそうだ。人をたらしこむ好人物から一瞬で邪悪な顔に切り替わる。画面からにじむ凄みに「ぞくり」とし、ベテラン俳優の演技に圧倒され思わずうなってしまう。

 母親の加代子が恐れるのがこの犯罪者の遺伝子。ことあるごとに父親の悪い血が出てきたのかと、息子を責め立ててしまうのだ。

 「いつくしみふかき」というタイトルから、結婚式などでよく歌われる讃美歌312番を連想する。「人間が犯す罪や咎、嘆き、不必要な苦しみを、赦し導きたまえ」と、友なるイエスに祈りを捧げる歌詞は、理不尽な宿命を背負わされた進一が、怒りでもがく姿と重なるようだ。

 人間の業とは何か。人間は本質を変えることはできるのか。愚かさと醜さを突き付けられながら、不器用な親子にどこか笑ってしまう不思議な感覚がある。

 本作を企画したのは進一役の遠山雄さん。飯田市が本籍で、劇団を主宰している。知人とその父親との実話が制作のきっかけだったといい、実際に知人が住んでいた飯田下伊那地域で撮影が行われた。南信州の美しいロケーションを背景に物語がつづられてゆく。

 ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2019で、ゆうばりファンタランド大賞・作品賞を受賞したのをはじめ、国内外で多くの賞を受賞している。
   =1時間47分
 (日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野千石劇場((電)226・7665)で公開中
(2020年6月20日掲載)
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(C)2018 APW Film, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 英国・サンデータイムズ紙のメリー・コルヴィンは、世界各地の紛争を報道し続けた伝説的な女性戦場記者。「プライベート・ウォー」は、砲弾により56歳で命を落とした彼女の半生を描いた実話の映画化だ。

 メリー・コルヴィン(ロザムンド・パイク)はスリランカ内戦を取材中に銃撃戦に巻き込まれ、片目を失明してしまう。だが戦場を去ることなく最前線で次々とスクープを手にしてゆく。イラクでサダム・フセイン政権によって虐殺された人々の死体の山。アフガニスタンのタリバンの攻撃。そしてリビアで単独インタビューに成功したカダフィ政権の崩壊。メリーが目の当たりにする過酷な死の現実は、ニュースとなって世界に衝撃を与えてゆく。

 黒の眼帯という個性的なスタイルは、彼女のトレードマークとなった。紛争地帯を駆け抜けただけでなく、男たちを愛する情熱を秘めた一人の女性でもあった。半世紀にわたり歴史の真実を伝えた使命感の強さと反逆精神。PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみながらも、彼女を戦場へと駆り立てたものはなにか。葛藤に揺れるメリーを演じたロザムンド・パイクは、ゴールデングローブ賞で主演女優賞にノミネートされた。

 IS(過激派組織イスラミックステート)と戦うクルド人女性戦闘部隊を描いた映画「バハールの涙」(2018年)で、主人公バハールと行動を共にする女性ジャーナリストが登場する。黒い眼帯をしたマチルドのモデルとなったのがメリー・コルヴィンだ。女性たちに寄り添い真実を伝えようとする姿勢はメリーの精神そのもの。機会があればぜひこの作品も見てほしいと思う。

 監督はドキュメンタリーを多く手掛けているマシュー・ハイネマン。実際に残虐行為を体験したシリア難民にエキストラとして出演してもらうなど演出にこだわったという。戦争がもたらす死の恐怖と戦う人間の姿を伝え、伝記映画を超えたドラマとなった。女優のシャーリーズ・セロンがプロデューサーとして名を連ねている。
=1時間50分

(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で公開中
(2020年6月13日掲載)

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(C)Tilted Pictures Limited 2017

 新型コロナウイルスの猛威が世界中に広がり、多くの人々の命が危険にさらされている。さらにウイルス感染の恐怖は差別や怒りを生み出し、社会に分断を招いている。わずか数カ月で世界はすっかり変わってしまった。

 今、現実のものとして人間たちを苦しめている何ものかを、まるで予知したかのような異色の近未来ホラー映画が「CURED キュアード」だ。

 物語の舞台はゾンビパンデミックが終焉した後の世界。ヨーロッパにまん延した新種のウイルスに感染した者は、狂暴なゾンビとなって人々を襲った。治療法が発見され、ようやく社会は秩序を取り戻す。治癒した75%は「回復者(キュアード)」と呼ばれ、残りはゾンビのまま軍の管理する隔離施設に収容されていた。

 感染から回復した青年セナン(サム・キーリー)は、身元引受人である義理の姉アビー(エレン・ペイジ)と暮らし始めるが、元感染者に対する社会の目は冷たく厳しい。回復後も人間を襲うおぞましい記憶のフラッシュが、セナンを苦しめていた。

 群れとなって亡霊のように徘徊したり、餌となる人間を襲ったり、血なまぐさいゾンビ映画特有のシーンはあるものの、ホラー映画のジャンルを超えて見る者を引きつけるのは、人間性とは何かということを追究していることだ。新たな視点で脚本も手掛けたのはアイルランドの新人監督デビッド・フレイン。近年の移民問題や異文化の宗教の排斥など、現代社会が抱える問題を反映させたというストーリーは、今まさに人間の心をむしばむコロナウイルスという存在にも重なる。 

 予期せぬ妊娠に戸惑う10代の少女を描いた「JUNO/ジュノ」(2007年)の、感性あふれる演技で高く評価されたエレン・ペイジは制作にも関わっている。

 新型コロナウイルスに対する行き過ぎた監視の目が、自粛警察という言葉を生んだ。見えないウイルスがまき散らす脅威が、人間の心にモンスターをつくりだす。私たちは未来とどう向き合えば良いのか。驚くのは本作が製作されたのはコロナ問題が発生する3年前ということだ。

=1時間35分
 (日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野千石劇場((電)226・7665)で公開中
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(C) 2018 TKBC Limited. All Rights Reserved.

 英国の偉大な劇作家・詩人のウィリアム・シェークスピア(1564~1616年)は52歳でこの世を去った。映画「シェイクスピアの庭」は、没後400年以上たった今もなお、世界各国で戯曲が上演され、人々を魅了するシェークスピアの晩年にスポットを当てた人間ドラマだ。

 1613年、ロンドンの劇場は火災で失われ、失意のシェークスピアは断筆し、故郷のストラットフォードへ戻ってきた。20年以上離れて暮らしてきた妻アンや2人の娘スザンナとジュディスは、突然の帰郷に戸惑い複雑な思いにとらわれる。シェークスピアは、11歳で他界した愛息ハムネットを悼む庭を造り始めた。疎遠になっていた家族との時間が再び動き始める。

 栄光に包まれたシェークスピアの晩年はどうだったのか。シェークスピアの知られざる真実を追い求めるのは、自ら主演し監督も務めるケネス・ブラナー。シェークスピア俳優として数々の舞台に立ち、スクリーンでも活躍するブラナーは、まだ16歳の若かりし頃、シェークスピアと同じルートでストラットフォードまで旅をし、ゆかりの地を訪ね歩いたそうだ。長年の情熱を注ぎこんだ本作では、初めはブラナーと分からないほどシェークスピアの肖像画そっくりに変身した風貌に驚かされる。

 自身は読み書きができず、天才と賞賛される夫の華々しい活躍を遠くから見ている8歳年上の妻アンを演じるのは名女優ジュディ・デンチ。何げなく放つ辛辣(しんらつ)な一言で夫を黙らせる技はお見事。さらに詩編「ヴィーナスとアドニス」の美青年のモデルとなったサウサンプトン伯爵を演じるイアン・マッケランと、互いに心の深淵(しんえん)をのぞくかのように言葉を紡ぎだすシーンが印象的だ。

 原題は「全て真実」。劇場が全焼した時、上演していた歴史劇「ヘンリー八世」の別題だという。ブラナーが描く人間シェークスピアの家族との再生の物語は、温かさと意外性に満ちている。

=1時間41分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で5月30日(土)から公開予定
(2020年5月23日掲載)
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(C) Channel 4 Television Corporation MMXIX

 「アラブの春」と呼ばれる民主化運動がシリアでも発生し、大規模なデモが広がった。平和的デモはいつしか激しい内戦となり、シリア最大の都市アレッポの支配をめぐり、アサド大統領率いる政府軍と反体制派が市内を分断し軍事衝突を繰り返した。「娘は戦場で生まれた」は、2012年からアレッポ陥落までの4年間、一人の若き母親がカメラに収めた映像から作られたドキュメンタリー映画。2019年のカンヌ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞したのをはじめ、数々の賞に輝いた。

 アレッポ大学で学ぶワアド・アルカティーブは、デモ運動に参加したのをきっかけに撮影を始める。医師を目指す青年ハムザは、廃墟の中に病院を設け、空爆の犠牲者の治療にあたっていた。ともに自由と平和を願う2人は恋に落ちて夫婦となり、厳しい環境の中で娘を授かる。 

 アサド政権は、市民に拷問を加え弾圧。病院を標的に空爆するという残虐な行為を繰り返した。人道的に許されないことが平然と行われる過酷な現実を、カメラは映し出す。

 驚嘆するのはプロのジャーナリストでも戦場カメラマンでもなく、普通の女子大生が撮影方法を独学で学び、カメラを回し続けたことだ。原題は「サマのために」。サマとは、多くの命が失われた戦場で新しく生まれた娘に付けた名前。サマとはアラビア語で「空」という意味だ。生まれた日から戦争ばかりの日々。あどけないサマの純真な瞳に映る空は、美しい祖国であってほしいと祈らずにいられない。

 「私たちの経験は特別なものではない」と語るワアドの強さは、 ゆるぎない母の愛なのか。命を生み出す女性だからこそ見えるものがある。絶望の中でも生き抜こうとする母親たちや子どもたちの笑顔に胸が痛くなる。

 ワアドとともに監督に名を連ねるエドワード・ワッツは、数々のドキュメンタリーを手掛けたエミー賞受賞監督。国際的に著名な制作会社やプロデューサーが関わり、戦禍を逃れた貴重なドキュメンタリーフィルムを唯一無二の映画に完成させた。
=1時間40分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で5月2日(土)から公開予定
(2020年4月18日掲載)

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(C)2020「劇場」製作委員会

 作家の又吉直樹が、「火花」で2015年に芥川賞を受賞する前から書き始めていたという小説「劇場」が映画になった。演劇の世界を舞台に、傷つき、もがきながら愛し合う、若い男女の愛の行方を描く。

 学生時代に演劇の魅力にはまった永田(山崎賢人)=写真左=は上京し、小劇団を立ち上げる。だが舞台は酷評続き。孤立し、理想と現実の狭間で困窮した永田は、偶然出会った専門学校生の沙希(松岡茉優)=同右=の部屋に転がり込む。沙希もまた上京後、女優への夢を追いかけていた。沙希はどんな時も永田を優しく支えようとするが、次第に永田は身勝手に振る舞うようになっていく。

 作品の魅力の一つが登場人物をナイーブに体現する2人の存在感だ。演劇にのめり込み、うぬぼれて時には傲慢(ごうまん)に見えたかと思うと、才能に自信を失い不安と劣等感から沙希につらく当たる。永田役の山崎賢人は、磁石のように引かれ合ったと思うと突然反発して鋭い刃物のように言葉で相手を傷つけ、愛しているのに素直になれない複雑な青年を演じる。沙希役の松岡茉優は、優しさと冷酷さを併せ持つ永田を受け入れ、ひたすら尽くす。慈母観音のような包容力と純粋さ。無垢(むく)な瞳と笑顔に、観客もまた救われる。

 「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004年)など胸を打つラブストーリーを描いてきた行定勲監督は、「原作を、胸をかきむしるような思いで読んだ」と語る。舞台の演出も手掛ける行定監督は、タイトルにふさわしい劇場のシーンを絡ませながら、こだわりの演出で恋人たちの愛の軌跡を細やかにたどっていく。

 若さゆえの残酷さと心の痛み。未熟さは若さの証しなのか。不器用な恋人たちの姿に、自分の青春時代の記憶を誰もが重ねてしまう。

 若さも時間も永遠ではないと気づいた時に恐れが始まる。人間が生きる世界は大きな劇場なのかもしれない。そんなことをふと思う。小説では描かれなかった、ラストに明かされる愛の深さに涙する。
=2時間16分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で。公開日未定。
(2020年4月11日掲載)