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(C) 2018 TKBC Limited. All Rights Reserved.

 英国の偉大な劇作家・詩人のウィリアム・シェークスピア(1564~1616年)は52歳でこの世を去った。映画「シェイクスピアの庭」は、没後400年以上たった今もなお、世界各国で戯曲が上演され、人々を魅了するシェークスピアの晩年にスポットを当てた人間ドラマだ。

 1613年、ロンドンの劇場は火災で失われ、失意のシェークスピアは断筆し、故郷のストラットフォードへ戻ってきた。20年以上離れて暮らしてきた妻アンや2人の娘スザンナとジュディスは、突然の帰郷に戸惑い複雑な思いにとらわれる。シェークスピアは、11歳で他界した愛息ハムネットを悼む庭を造り始めた。疎遠になっていた家族との時間が再び動き始める。

 栄光に包まれたシェークスピアの晩年はどうだったのか。シェークスピアの知られざる真実を追い求めるのは、自ら主演し監督も務めるケネス・ブラナー。シェークスピア俳優として数々の舞台に立ち、スクリーンでも活躍するブラナーは、まだ16歳の若かりし頃、シェークスピアと同じルートでストラットフォードまで旅をし、ゆかりの地を訪ね歩いたそうだ。長年の情熱を注ぎこんだ本作では、初めはブラナーと分からないほどシェークスピアの肖像画そっくりに変身した風貌に驚かされる。

 自身は読み書きができず、天才と賞賛される夫の華々しい活躍を遠くから見ている8歳年上の妻アンを演じるのは名女優ジュディ・デンチ。何げなく放つ辛辣(しんらつ)な一言で夫を黙らせる技はお見事。さらに詩編「ヴィーナスとアドニス」の美青年のモデルとなったサウサンプトン伯爵を演じるイアン・マッケランと、互いに心の深淵(しんえん)をのぞくかのように言葉を紡ぎだすシーンが印象的だ。

 原題は「全て真実」。劇場が全焼した時、上演していた歴史劇「ヘンリー八世」の別題だという。ブラナーが描く人間シェークスピアの家族との再生の物語は、温かさと意外性に満ちている。

=1時間41分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で5月30日(土)から公開予定
(2020年5月23日掲載)
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(C) Channel 4 Television Corporation MMXIX

 「アラブの春」と呼ばれる民主化運動がシリアでも発生し、大規模なデモが広がった。平和的デモはいつしか激しい内戦となり、シリア最大の都市アレッポの支配をめぐり、アサド大統領率いる政府軍と反体制派が市内を分断し軍事衝突を繰り返した。「娘は戦場で生まれた」は、2012年からアレッポ陥落までの4年間、一人の若き母親がカメラに収めた映像から作られたドキュメンタリー映画。2019年のカンヌ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞したのをはじめ、数々の賞に輝いた。

 アレッポ大学で学ぶワアド・アルカティーブは、デモ運動に参加したのをきっかけに撮影を始める。医師を目指す青年ハムザは、廃墟の中に病院を設け、空爆の犠牲者の治療にあたっていた。ともに自由と平和を願う2人は恋に落ちて夫婦となり、厳しい環境の中で娘を授かる。 

 アサド政権は、市民に拷問を加え弾圧。病院を標的に空爆するという残虐な行為を繰り返した。人道的に許されないことが平然と行われる過酷な現実を、カメラは映し出す。

 驚嘆するのはプロのジャーナリストでも戦場カメラマンでもなく、普通の女子大生が撮影方法を独学で学び、カメラを回し続けたことだ。原題は「サマのために」。サマとは、多くの命が失われた戦場で新しく生まれた娘に付けた名前。サマとはアラビア語で「空」という意味だ。生まれた日から戦争ばかりの日々。あどけないサマの純真な瞳に映る空は、美しい祖国であってほしいと祈らずにいられない。

 「私たちの経験は特別なものではない」と語るワアドの強さは、 ゆるぎない母の愛なのか。命を生み出す女性だからこそ見えるものがある。絶望の中でも生き抜こうとする母親たちや子どもたちの笑顔に胸が痛くなる。

 ワアドとともに監督に名を連ねるエドワード・ワッツは、数々のドキュメンタリーを手掛けたエミー賞受賞監督。国際的に著名な制作会社やプロデューサーが関わり、戦禍を逃れた貴重なドキュメンタリーフィルムを唯一無二の映画に完成させた。
=1時間40分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で5月2日(土)から公開予定
(2020年4月18日掲載)

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(C)2020「劇場」製作委員会

 作家の又吉直樹が、「火花」で2015年に芥川賞を受賞する前から書き始めていたという小説「劇場」が映画になった。演劇の世界を舞台に、傷つき、もがきながら愛し合う、若い男女の愛の行方を描く。

 学生時代に演劇の魅力にはまった永田(山崎賢人)=写真左=は上京し、小劇団を立ち上げる。だが舞台は酷評続き。孤立し、理想と現実の狭間で困窮した永田は、偶然出会った専門学校生の沙希(松岡茉優)=同右=の部屋に転がり込む。沙希もまた上京後、女優への夢を追いかけていた。沙希はどんな時も永田を優しく支えようとするが、次第に永田は身勝手に振る舞うようになっていく。

 作品の魅力の一つが登場人物をナイーブに体現する2人の存在感だ。演劇にのめり込み、うぬぼれて時には傲慢(ごうまん)に見えたかと思うと、才能に自信を失い不安と劣等感から沙希につらく当たる。永田役の山崎賢人は、磁石のように引かれ合ったと思うと突然反発して鋭い刃物のように言葉で相手を傷つけ、愛しているのに素直になれない複雑な青年を演じる。沙希役の松岡茉優は、優しさと冷酷さを併せ持つ永田を受け入れ、ひたすら尽くす。慈母観音のような包容力と純粋さ。無垢(むく)な瞳と笑顔に、観客もまた救われる。

 「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004年)など胸を打つラブストーリーを描いてきた行定勲監督は、「原作を、胸をかきむしるような思いで読んだ」と語る。舞台の演出も手掛ける行定監督は、タイトルにふさわしい劇場のシーンを絡ませながら、こだわりの演出で恋人たちの愛の軌跡を細やかにたどっていく。

 若さゆえの残酷さと心の痛み。未熟さは若さの証しなのか。不器用な恋人たちの姿に、自分の青春時代の記憶を誰もが重ねてしまう。

 若さも時間も永遠ではないと気づいた時に恐れが始まる。人間が生きる世界は大きな劇場なのかもしれない。そんなことをふと思う。小説では描かれなかった、ラストに明かされる愛の深さに涙する。
=2時間16分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で。公開日未定。
(2020年4月11日掲載)
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(C)2019 Lantern Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 「天才とは1%のひらめきと99%の努力である」との名言を残したトーマス・エジソン。蓄音機、白熱電球、映写機など84年の生涯で1300もの発明をしたエジソンは、「発明王」と呼ばれただけでなく、特許をめぐり裁判を数多く起こし「訴訟王」とも呼ばれた。映画「エジソンズ・ゲーム」の原題は、「ザ・カレント・ウォー(電流戦争)」。電力の供給システムをめぐる科学者たちの戦いの物語だ。

 19世紀末のアメリカ。天才発明家として称賛を集めるエジソン(ベネディクト・カンバーバッチ)にライバルが現れる。直流による送電方式を唱えるエジソンに対し、裕福な実業家のジョージ・ウェスティングハウス(マイケル・シャノン)は、交流のほうが安価で優れていると実演会で証明してみせたのだ。あくまでも直流にこだわり続けるエジソンは、悪意に満ちた情報操作でマスコミを誘導しようとする。 

 伝記映画のようでありながら、強く引き付けられるのはプライドと意地をかけた男たちの熱いバトルだ。己の技術を信じるあまり、対立する相手を徹底的に潰そうとするエジソンの傲慢さ。ひらめきを形にするために寝食を忘れ没頭する。そんな努力の人であるがゆえに、私生活では家庭を顧みない未熟さが、妻を孤独へと追い詰めていた。偉人伝に登場する天才肌で努力家のエジソンとは、やや趣きの異なる一面に驚かされる。

 エジソンとの確執から袂を分かったもう一人の天才科学者テスラ(ニコラス・ホルト)のエピソードも切ない。生き馬の目を抜くようなビジネスの厳しさは現代にも通ずる。

 当時の最先端の科学技術が集まったシカゴ万博の躍動と変革の時代。漆黒の闇から一転、電球が一斉に点灯し、まぶしいばかりの明るさに圧倒されるシーンが美しい。当時の人々にとって電気は魔法のように見えたにちがいない。

 後世に語り継がれる戦いが未来の発展につながり、多大な功績を残した。彼らの発明の数々の恩恵にあずかる今の私たち。技術革新の陰にあった男たちの頭脳戦はなんとドラマチックなことだろう。
=1時間48分

(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で4月3日(金)から公開
(2020年3月28日掲載)
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(C)2020映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」製作委員会

 自分たちの手で体制を変革する。そのためには暴力も辞さない。血気盛んな学生たちによる大学紛争の嵐が吹き荒れた。1969(昭和44)年5月13日、戦後の日本文学を代表する作家の一人三島由紀夫は、東大全共闘が主催する討論会に招かれ東大駒場キャンパスに乗り込んだ。

 「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」は、TBSが撮影、保管していた伝説の討論会の貴重な映像を基にしたドキュメンタリー映画だ。

 千人を超える学生たちが待ち構える中、三島由紀夫が900番教室に姿を現す。三島を見つめる真剣な顔、顔、顔。学生と三島との熱い論戦の火ぶたが切られた。学生たちの追及に論理的に反論しながら、どこか楽しんでいるかのような大人の男としての風格がにじむ。たばこを吸い余裕たっぷりに学生たちを見回す三島。鍛え上げた肉体に宿る知性と若々しさ。圧倒的な存在感に目が吸い寄せられる。

 討論会の翌年の1970年11月25日、三島は自ら主宰する「楯の会」の会員と、陸上自衛隊市ケ谷駐屯地に押しかけ、演説して割腹、自決した。享年45歳。この衝撃的なニュースは三島の存在の大きさを改めて世界に知らしめた。三島の心の奥深くに沈殿していたものは一体何だったのか。

 過去から現代へと三島の記憶を紡ぐのは、その場にいた生き証人だ。三島と激論を交わした学生たち。東大全共闘随一の論客と言われた芥正彦さんは今も眼光鋭く、本質をつく迫力は変わらない。三島の身を守るため教室にいた楯の会のメンバー。熱い時間を最前列で見つめた取材陣。

 さらに三島文学に造詣の深い小説家、社会学者、交流のあった著名人らが当時の時代背景や三島の人間性などを語る。これまで知られることのなかった三島の側面が見えてくる。瀬戸内寂聴さんは、女性ならではの目線で三島を語る。

 死後50年、時の流れの速さに驚く。三島が今の日本を見たら何を訴えるのだろうか。
=1時間48分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
(2020年3月21日掲載)
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(C)(2019) TRESOR FILMS  - FRANCE 2 CINEMA - MARS FILMS- WILD BUNCH  - LES PRODUCTIONS DU TRESOR  - ARTEMIS PRODUCTIONS

 映画やコミック、小説など、発売前に海賊版や流出で巨額な損失が発生する事件が起きている。「9人の翻訳家 囚(とら)われたベストセラー」は、現代の社会問題を絡ませたフランス・ベルギー合作の知的ミステリー映画だ。

 ファン待望の世界的ベストセラー「デダリュス」3部作が完結した。権利を獲得した出版社の社長アングストロームの命令で世界同時発売されることになり、9カ国の翻訳者が集められた。そこは外部からの接触も情報も一切遮断された要塞のような地下室。監禁状態の翻訳者たちに渡されるのは毎日わずか20ページの原稿だけだ。だが厳重なセキュリティーにもかかわらず、原稿を盗んだという犯人から500万ユーロを要求する強迫メールが社長に送りつけられる。どうやって原稿が流出したのか。果たして真犯人は誰なのか。地下室は疑念と不穏な空気に包まれてゆく。

 普段知ることがない翻訳の世界の裏側を描いたこの物語は、世界的なベストセラー作家ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」シリーズ4作目、「インフェルノ」の出版時に、秘密の地下室に12人の翻訳者を隔離したという実話から生まれたというから、まるっきり荒唐無稽な話ではないのが面白い。 

 ロシア語、イタリア語、デンマーク語、スペイン語、ドイツ語、中国語、ポルトガル語、ギリシャ語、そして英語。選ばれたのは有能だがどこか秘密を抱えた翻訳者たちだ。そして誰も正体を知らない謎の著者の存在が、もう一つのミステリーとして影を落とす。厳しい監視下で精神的に追い詰められてゆく翻訳者たちの密室劇にとどまらず、いくつもの謎が絡み合い、ミステリー好きにはたまらない展開が待ち受ける。

 脚本と監督を手掛けたのは「タイピスト!」(2012年)で注目されたフランスのレジス・ロワンサル監督。さまざまな言語が飛び交うだけに、役者のキャスティングに1年もかかったそうだ。それだけに一癖も二癖もある顔ぶれがストーリーの危うい雰囲気を醸し出す。

 音楽は日本の三宅純が手掛けている。
=1時間45分
 (日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野千石劇場((電)226・7665)で20日(金)から公開
(C) 2020『Fukushima 50』製作委員会

 2011年3月11日、日本を襲ったマグニチュード9・0、最大震度7という巨大地震は東日本を中心に未曽有の悲劇をもたらした。さらに追い打ちをかけるように太平洋から押し寄せた大津波が、東京電力福島第1原子力発電所をのみ込んだ。
 「Fukushima50」は壊滅的な危機の中で制御室に踏みとどまり、戦い続けた50人の作業員たちを追った門田隆将氏のノンフィクション「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」を原作に映画化された。

 福島第1原発の所長、吉田昌郎(渡辺謙)の元に、中央制御室の当直長、伊崎利夫(佐藤浩市)から緊迫した状況が知らされる。想定外の津波で原発の電源を喪失。冷却不能となった原子炉はメルトダウン(炉心溶融)を起こし、大量の放射性物質が拡散する危機に直面していた。作業員たちは手動で原子炉の圧力を下げるベントを行う必要に迫られる。一刻を争う中、現場の実態を把握できない東京電力の本社と政治家たちの介入で時間が失われてゆく。

 高い放射線量を浴びる死の危険を顧みず、次々と襲いかかるトラブルと戦いながら何度も突入を繰り返した作業員たち。その多くが地元福島出身だったという。最後まで諦めずに故郷を、家族を守るという熱い思いと、仕事への責任感に頭が下がる。この勇敢な人々を海外メディアは「フクシマ50」とたたえたそうだ。

 福島第1原発の吉田昌郎所長はじめ、著者が独自取材でさまざまなジャンルの人々から集めた証言から見えてきた原発事故の真実。原作を読み進むうちに、報道では知りえなかった想像以上の当時の混乱と恐怖が、じわじわと湧き上がってきた。

 「最前線で命を懸けた彼らの姿を世の中に知らせる映画を作りたい」と、メガホンをとったのは「沈まぬ太陽」(2009年)の若松節朗監督だ。リアリティーにこだわり再現された災害現場と、作りものではない人間ドラマが息苦しいほどの緊張と感動をもたらす。

 9年後の今も帰郷がかなわない被災者たちがいることに心が痛む。
    =2時間2分

(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野グランドシネマズ((電)233・3415)で3月6日(金)より公開

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(C)Pathe Productions Limited and British Broadcasting Corporation 2019

 17歳の時、「オズの魔法使い」(1939年)でスクリーンデビューしたジュディ・ガーランドは、ドロシー役で一躍人気者となり、主題歌の「虹の彼方(かなた)に」はジュディの生涯のテーマ曲となった。映画「ジュディ 虹の彼方に」は、ハリウッドの黄金期を代表するミュージカル女優、ジュディ・ガーランドの波乱の人生を描いた傑作だ。

 1968年、巡業のステージで糊口をしのいでいたジュディ(レネー・ゼルウィガー)。愛する子どもたちのために、破産寸前から一念発起しイギリスに渡ったジュディはクラブのステージが評判となり再び人気を集める。再婚し新しい人生を歩み始めたかに見えたが、精神的なもろさからトラブルを起こし自らを追い詰めてしまう。

 なぜジュディが情緒不安定になったのか。なぜ破滅的な行動を起こすのか。回想シーンで描かれるのは映画スタジオから厳しく管理され、学校生活も友人もなく仕事漬けの日々。少女時代を失った代償はあまりにも大きかった。

 だが、プロ魂あふれたステージから、「ミス・ショー・ビジネス」と呼ばれ、ファンの前では輝きに満ちていた。

 レネー・ゼルウィガーはジュディになりきるために、1年かけて独特のなまりや声色、パフォーマンスまでマスターして劇中の曲をすべて歌い上げたそうだ。ステージでの観客との軽妙なやりとり。「トロリー・ソング」から「バイ・マイセルフ」「カム・レイン・オア・カム・シャイン」そして「虹の彼方に」など、ミュージカルのヒットナンバーを歌うシーンの素晴らしさは、まるでジュディがよみがえったかのような感覚におちいるほどだ。

 ジュディ・ガーランドという稀有(けう)な存在を余すことなく体現したレネー・ゼルウィガーは、ゴールデン・グローブ賞に続き、アカデミー賞でも見事に主演女優賞に輝いた。

 ジュディは1969年、47歳という若さで亡くなる。ファンに愛され続けたスーパースターの栄光と孤独に涙せずにいられない。
   =1時間59分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で3月6日(金)から公開
(2020年2月22日掲載)
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(C)Lions Gate Entertainment Inc.

 「♯MeToo」運動を覚えているだろうか。セクハラの被害女性たちが泣き寝入りせず勇気を持って「私も」と立ち上がったのだ。映画「スキャンダル」は2016年に発覚した、メディア王のセクハラ事件の実話に基づく。

 才色兼備の元ミス・アメリカでFOXニュースのベテランキャスター、グレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)が、一方的に首を言い渡したCEOのロジャー・エイルズをセクハラで告訴した。被害を受けた女性たちが追従して名乗りでることを期待したが、不気味な沈黙が続く。しかもグレッチェンの部下で野心家のケイラ(マーゴット・ロビー)はチャンスとばかりにロジャーのオフィスを訪ねる。FOXニュースで13年間アンカーを務める人気キャスターのメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)は、討論会でトランプ候補の女性蔑視発言を追及したことで命の危険にさらされていた。セクハラへの弾圧を知るメーガンは告発に複雑な思いを抱く。

 立場を利用して女性たちの尊厳を奪ったロジャー・エイルズとはどんな人物なのか。ニュース専門チャンネルFOXニュースを全米一の視聴率を誇る局に成長させ、ニクソン、レーガン、ブッシュら歴代共和党大統領のメディアコンサルタントとして(辣)(らつ)(腕)(わん)をふるい、トランプ候補の助言役となった。本作では当時の大統領選挙の裏側も垣間見えて興味深い。

 話題の一つがメーガン本人と見分けがつかないほどうり二つのシャーリーズ・セロンのそっくりさんぶりだ。特殊メークを担当したカズ・ヒロは「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」(2017年)で、ゲイリー・オールドマンをチャーチルに変身させ、日本人として初めてアカデミー賞メーキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞した辻一弘さん。本作でも再び同賞に輝いた。

 実在の人物を演じる難役をこなしたセロンは、アカデミー賞主演女優賞にノミネート、マーゴット・ロビーも助演女優賞にノミネートされた。美しさだけでなく3人の女優たちの熱い闘いに心をわしづかみされる。

    =1時間49分
 (日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野千石劇場((電)226・7665)で21日(金)から公開

(2020年2月15日掲載)
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(C)2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

 「1917 命をかけた伝令」は第1次世界大戦のフランスを舞台にした戦争映画。「アメリカン・ビューティー」(1999年)でオスカーを受賞した名匠サム・メンデス監督が、実際に従軍した祖父から聞いた体験談をもとに自ら脚本もてがけた。

 1917年4月。戦況が厳しさを増す中、ドイツ軍が西部戦線から突如姿を消した。連合国軍の追撃の決行が明朝に迫る中、撤退のように見せかけて待ち伏せするドイツ軍のわなと判明する。通信手段を断たれ、作戦を中止するには伝令しか残されていない。1600人の兵士の命を救うべく、伝令に選ばれたイギリス人の若き兵士スコフィールドとブレイクの2人は、敵地を駆け抜ける。

 タイムリミットが迫るなか、幾たびもの危機と試練が2人を襲う。彼らが見る戦場は残酷な死の世界そのものだ。

 おびただしい砲弾の跡。水たまりに浮かぶ泥まみれの死体。人間だけでなく馬の死骸も横たわる。もぬけの殻となったドイツ軍の塹壕の不気味な静寂にスコフィールドとブレイクの息遣いが緊張を高めていく。

 地雷や爆弾、そしてスナイパー。わなが仕掛けられたドイツ軍の占領地を通り抜け、ひたすら走る2人の姿をカメラは追い続ける。一瞬たりとも気を抜けない場面の連続と臨場感を観客に一緒に体験してほしいと、メンデス監督が挑んだのはワンカットで見せる長回しの撮影スタイルだ。彼らの姿を見守り、いつの間にか彼らの視線で戦場を目撃するという不思議な感覚。メンデス監督の壮大なプロジェクトを実現した撮影監督のロジャー・ディーキンスは、驚異的なカメラワークで数多くの映画賞で撮影賞を受賞した。

 主人公の2人の兵士には役柄に合わせて若手の男優が選ばれたが、上官役にはコリン・ファース、ベネディクト・カンバーバッチ、マーク・ストロングら、実力派が顔をそろえる。

 先日のゴールデングローブ賞では作品賞と監督賞の主要2部門を受賞。アカデミー賞では作品賞をはじめ、監督、脚本など10部門にノミネートされている。
    =1時間59分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で14日(金)より公開

(2020年2月8日掲載)