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(C) 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.

 「グリーンブック」は人種隔離政策時代、黒人が利用できる米国のホテルやレストランなどを記載した旅行ガイドブックだ。創刊者であるビクター・グリーンにちなんでつけられ、1966年まで発行された。この作品は黒人ピアニストとイタリア系白人ドライバーの旅を描いた実話の映画化だ。
 1962年のニューヨーク。トニー・リップ・バレロンガ(ヴィゴ・モーテンセン)は、腕っぷしの強さを買われ、カーネギーホールの高級マンションに住む音楽家ドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)の用心棒兼運転手に雇われる。

 目的地は黒人に対する偏見と差別が根強い南部。2カ月にわたるコンサートツアーだ。どんなに素晴らしい演奏をしても、公然と行われる差別と屈辱に静かに耐えるドクター・シャーリーの姿を目の当たりにしたトニーは、自分の痛みのように感じ始める。

 粗野で無教養、食事の量が半端でなく、でっぷりおなかのトニー。対極にあるドクター・シャーリーは繊細、優雅で、教養も品格も全てを備えた天才ピアニストだ。初めは黒人嫌いだったトニーだが、冷静な仮面の下に隠されたドクター・シャーリーの孤独と悲しみを知り、次第に変わっていく。

 生涯続いたという2人の友情物語を聞いて育った息子のニック・バレロンガが脚本と制作を手掛け、ピーター・ファレリー監督が偏見に対する怒りをユーモアで包み、心温まるコメディー映画として描き切った。今年のアカデミー賞で主要5部門にノミネートされ、作品賞、脚本賞を受賞。そしてマハーシャラ・アリが「ムーンライト」(2016年)に続いて2度目の助演男優賞を受賞し、3冠を獲得した。

 スタインウェイのピアノでしか演奏しなかったドクター・シャーリーの音楽スタイルを、正確に再現したというシーンも見どころだ。アカデミー賞作品賞を受賞した名作「ドライビング・ミス・デイジー」(1989年)をほうふつとさせる。白人至上主義が再び台頭している今だからこそ、物語に込められた「人は変われるのだ」という強いメッセージに胸が熱くなる。

=2時間10分

(2019年3月9日掲載)
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(C)2017 - Elephant Doc - Petit Dragon - Unbeldi Productions - France 3 Cinema

 世紀の歌姫として人々を魅了し続けたソプラノ歌手マリア・カラス。「私は、マリア・カラス」は、これまで知られることのないカラスの人生を追ったドキュメンタリーだ。

 ギリシアから移民した両親のもとに米ニューヨークで生まれたマリアは、野心家で厳しい母親に伴われ、ギリシアに移住する。年齢を4歳偽り、13歳でアテネ音楽院に入学したというから驚きだ。天賦の才能だけでなく勉強一筋のカラスは、15歳で初めてオペラに出演する。音楽院を卒業後、不遇の時代はあったものの、瞬く間に世界有数のオペラハウスで公演を行い、称賛を集めていく。

 語りかける目と大きな口。洗練されたファッション。あふれる才能と美貌から発するオーラは見る人をとりこにする。まだデビューしたての初々しい映像から、芳醇(ほうじゅん)さを身にまとって演ずるヒロインは圧巻だ。

 「蝶々夫人」「椿姫」「ノルマ」「トスカ」「カルメン」などオペラハウスでの実際の名場面が次々と映し出され、華麗なオペラの世界に引き込まれる。それだけで十分だと思うほど素晴らしいが、カラスの人間としての生きざまと影が、このドキュメンタリーを深いものにしている。

 母になる喜びを願った結婚はかなわず失敗。ギリシアの海運王オナシスとの不倫愛。ケネディ大統領の未亡人ジャクリーンの出現による悲恋。体調を崩し舞台を降板すれば、「わがまま」というレッテルをマスコミに貼られ、スキャンダラスに書き立てられて追い詰められる。

 カラスの歌声に感銘を受けたトム・ヴォルフ監督は、3年の月日をかけてカラスの足跡を追い求めたという。世界中から集められた未公開の映像と音源は、まさにお宝。復帰ツアーの東京でのコンサートシーンは、日本人の私たちにとって歴史的な一ページになった。

 自叙伝と4百通を超す手紙など、たくさんの資料から明らかになるカラスの真実。インタビューで彼女自身が語る言葉に、これまで見たことのない素顔のマリア・カラスがいた。53歳で死去したカラスは歌に生き、恋に生き、伝説になった。
=1時間54分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野千石劇場((電)226・7665)で3月1日(金)から公開
(2019年2月23日掲載)
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(C)2018 Twentieth Century Fox

 アン女王の寵(ちょう)愛を巡る対立と陰謀を描いた「女王陛下のお気に入り」は、ギリシャの奇才と呼ばれるヨルゴス・ランティモス監督が、斬新な映像美で描く宮廷ドラマだ。

 18世紀初頭、フランスと交戦中のイングランドを治めるアン女王(オリビア・コールマン)は、痛風に苦しんでいた。病弱で情緒不安定な女王を意のままに操るのは、女王の幼なじみの女官長レディ・サラ・チャーチル(レイチェル・ワイズ)だ。

 絶対的な権力を振るういとこのサラを頼りにやってきた没落貴族のアビゲイル(エマ・ストーン)は、宮廷で働き始める。偶然、女王の苦痛を和らげたアビゲイルはサラに気に入られ、侍女に昇格すると、再び上流階級へ返り咲く野望を募らせていく。

 女王のお守り役を奪い合うサラとアビゲイル。策略をめぐらす2人の女の駆け引きは息詰まる心理戦だ。男女の情愛さえも利用する狡猾(こうかつ)さ。最後に女王の心をつかむのは誰なのか、意外な展開から目が離せない。

 女王を悩ませた当時の政争は戦争の継続か終結か、紛糾する議会で男たちが見せる権力闘争もかすんでしまう。実話を基に、実在する歴史上の人物がうごめく脚本は恐ろしくさえある。

 自然の光の中で撮影された陰影が、登場人物の内面まで映し出すようだ。宮廷として撮影された室内装飾が美しい部屋の数々は、16世紀に造られた貴族の館。豪華絢爛(けんらん)な衣装も見どころだ。

 流産と死産で17人もの子どもを失い、孤独と政治のストレスにさいなまれたアン。子どものように駄々をこねたかと思うと、頑固な女王へと豹変(ひょうへん)する。

 危うさともろさを併せ持つ女王を、圧倒的な存在感で演じたオリビア・コールマンは、ベネチア国際映画祭で女優賞を受賞。アカデミー賞では作品、監督、脚本をはじめ、10部門でノミネートされた。三人三様の迫真の演技で壮絶な女の戦いを繰り広げた女優たちが、3人そろって主演、助演でノミネートされるという見ごたえ十分の話題作だ。
=2時間
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
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(C)2018 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved

 風に乗ってやってきた不思議な魔法使いメリー・ポピンズの物語が、1964年に公開されてから半世紀の時を超えて帰ってきた。「メリー・ポピンズ リターンズ」の舞台は、ポピンズがバンクス家を去ってから25年後のロンドン。2人の子どもはすっかり大人になり、マイケル少年自身も3人の子どもの父親になっていた。

 だが、大恐慌で不景気な時代。マイケルの仕事はうまくいかず、妻に先立たれたバンクス家は荒れ放題。何とか父親の手助けをしたいという子どもたちの声を聞きつけ、メリー・ポピンズ(エミリー・ブラント)が再び舞い降りた。

 教育係になったポピンズは、お風呂から海中へワープしたり、陶器の絵の世界に入り込んで冒険したりと、子どもたちの心をつかんでいく。

 楽しい魔法と音楽にわくわくした「メリー・ポピンズ」のカラフルな世界観は変わらない。1作目は、ペンギンとの共演を実写とアニメで合成して話題になった。CGの進歩でどんな映像も可能になったにもかかわらず、セル画の平面的な技法を使ったシーンは、ディズニーらしいクラシックな味わいだ。1作目にオマージュをささげたシーンが随所に見られるのも、オールドファンには懐かしい。

 前作で軽妙なダンスを繰り広げた大道芸人のバートに変わり、ポピンズの友人として登場するジャツクの仕事はガス灯の点灯。ガス灯を使ったダンスが「雨に唄えば」をほうふつとさせるのも、ミュージカルが得意なロブ・マーシャル監督ならではだ。「シカゴ」(2002年)「ナイン」(09年)などのミュージカルを手掛けているだけに、ミュージックホールのシーンは洗練されたダンスと衣装が魅力的だ。

 ポピンズ役でアカデミー賞主演女優賞を受賞したジュリー・アンドリュースとは一味違い、いたずらっ子のようなおちゃめな瞳が印象的なエミリー・ブラントをはじめ、オスカー俳優のメリル・ストリープやコリン・ファースら、演技派が歌声を披露しているのも見どころだ。日本語吹き替え版では平原綾香が美しい歌声でポピンズを演じている。
=2時間11分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
(2019年2月9日掲載)
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(C)2018"Ten Years Japan" Film Partners

 2018年カンヌ国際映画祭で最高賞「パルムドール」を獲得した「万引き家族」の是枝裕和監督が、エグゼクティブプロデューサーを務めた短編オムニバス作品「十年 Ten Years Japan」。5人の新進映像作家が日本の未来を問いかける作品だ。

 長寿国の日本をテーマにした「PLAN75」。厚生省人口管理局なる機関が、高齢者が抱える不安につけこむような制度を運営している未来国家だ。

 公務員の伊丹が勧誘するのは、家族も金もない貧しい年寄りたち。長生きして生活苦に悩むより、75歳であの世に旅立てば、支度金や葬儀サービスが受けられるという「死のプラン」を受け入れた高齢者を待ち受けたものとは...。

 AI(人工知能)による道徳教育で子どもたちが管理される社会。反抗すると厳しい罰が与えられるシステムに、やんちゃな小学生が立ち向かう「いたずら同盟」。

 データが入ったデジタル遺産で、母親の秘密を知る女子高生の戸惑いを描く「DATA」。

 原発事故で見えない恐怖に生活を脅かされながら暮らす人々の姿を描いた「その空気は見えない」。

 そして、政治家が口にする聞こえのいい言葉「美しい国」がタイトルに。ここで描かれるのは、戦争を知らない世代が占める日本。すでに徴兵制が導入された社会だ。

 AIの登場で世の中は、考えられないほどのスピードで進化してきた。10年後の日本はどうなっているのか。この5作品で描かれた未来は、10年たたずともやってくるかもしれない。現実味を帯びた恐怖がちらつく。

 私たちが選ぶ今の積み重ねが未来をつくるのだと、気付かされる。若手クリエーターたちが作品に込めた思い。国家が管理する社会に何が起きるのか、5つの短編が警鐘を鳴らす。
=1時間39分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で1月26日(土)から2月1日(金)まで上映。

    ◇

 【初日舞台あいさつ】
 1月26日(土)12時30分の回上映終了後に、プロデューサーの水野詠子さん(長野市出身)と、プロデューサーのジェイソン・グレイさんが行います。
(2019年1月26日掲載)
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(C)2018 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. AND WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

 ボクシングの世界を描いた「ロッキー」シリーズ6作品の中で、ドラマチックなストーリーが印象的なのが、4作目の「炎の友情」(1985年)だ。ロッキーのライバルから親友となったアポロが、旧ソ連のドラゴとのエキシビション・マッチで倒されて絶命。ロッキーが敵地での壮絶な弔い合戦に挑んだ。本作の「クリード 炎の宿敵」で、因縁の闘いが再燃する。

 ロッキー(シルベスター・スタローン)の指導を受けたアポロの息子、アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)は、世界ヘビー級のチャンピオンベルトを手にしていた。恋人との結婚も決まり、幸せの絶頂にいるアドニスに、挑戦状がたたきつけられる。

 相手は、かつてアポロを死に追いやったドラゴ(ドルフ・ラングレン)の息子ヴィクターだった。ドラゴの復讐(ふくしゅう)心を知るロッキーの反対を押し切って、アドニスはリングに上がる。

 父親同士の対決から生まれた憎悪が、息子たちの闘いへと連鎖していくストーリーは、シェークスピア劇を見ているかのようだ。

 アクションスターとして活躍するスタローンとドルフ・ラングレンが、老いたロッキーとドラゴとして再会する。国の威信をかけたドラゴは、ロッキーに敗れた後、野良犬のような屈辱的な人生を送った。互いに父親になり、人生の辛酸をなめ尽くした男たちを、アクションだけでなく、役者として熟成した演技で深みを添える。

 しかも、作品が縁でプライベートでスタローンと夫婦になり、後に離婚したブリジット・ニールセンが、ドラゴの冷酷な元妻役で登場。プロの俳優魂を実感させてくれた。

 ロッキーの銅像が立つフィラデルフィアのおなじみの風景や街並み、そして白熱するファイトシーンに流れるテーマ曲に胸が熱くなる。「ロッキー」1作目が公開された1976年に始まり、2015年の「クリード チャンプを継ぐ男」で、新たなシリーズが巧みに紡がれている。

 人生というリングで、敗者がいかに立ち上がるのか。シリーズを見てきたファンにはたまらない最高の後日談になった。
=2時間10分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
(2019年1月19日掲載)
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(C) Paul Morigi / gettyimages

 2016年11月9日、ドナルド・トランプ氏が米大統領選挙で勝利宣言をした日がタイトルになった。「華氏119」は、アポなし突撃取材で知られるマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画だ。

 女性初の大統領誕生を確信していたクリントン陣営の女性たちの笑顔が、困惑から悲鳴と涙に変わる。鉄鋼や自動車産業に従事する労働者の心をつかんだトランプ氏の選挙戦のうまさが大きな要因だった。ミシガン州フリントで、自動車組み立て労働者の息子として生まれたムーア監督は、故郷で起きた水道事業の民営化に伴う鉛混入事件も追及する。

 日本でも、自治体の水道事業で民営化を促進する改正水道法が成立。ひとごとではないエピソードだ。

 ブッシュ政権の実態に迫った「華氏911」(2004年)は、米中枢同時テロが起きた2001年9月11日をタイトルにした。同じように日付をタイトルにしたところに、何とも言えない不気味さを感じる。ムーア監督は16年7月に書いたエッセーで、トランプ氏の勝利を予見していたという。

 地球温暖化はないとうそぶき、都合の悪いニュースはフェイクニュースと非難してマスコミを排除する。自分に逆らう官僚やスタッフは解雇するというトランプ大統領の強引な手法を何度も見せつけられてきた。「自国第一」を掲げるトランプ大統領を熱狂的に支持する国民の姿に、まるでナチスドイツのファシズムと重なるような恐怖さえ浮かぶ。

 だが、ムーア監督は一方的に非難するのではなく、前オバマ政権が国民を裏切る瞬間をもとらえ、冷静に真実を見極めることの必要を促す。政治をビジネスととらえる人物の手に権力が渡ったアメリカで、民主主義はどこへ向かうのか。

 混沌(こんとん)とした時代の希望は、声を上げ始めた若者たちの存在だ。バークランドで起きた銃乱射事件で多くの友人を失った女子高生は、涙と共に、銃撃で命を奪われた怒りを沈黙の時間で抗議した。私たちもその痛みを体感できるのがこの映像のすごさだ。
=2時間8分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野千石劇場((電)226・7665)で1月18日(金)から公開
(2019年1月12日掲載)
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(C)2018「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

 全身の筋肉が徐々に衰えていく難病の進行性筋ジストロフィーのため車いすで生活しながら、「地域で普通に暮らしたい」という意思を、生涯貫いた人がいた。「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」は、2003年の刊行後、大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞を受賞した渡辺一史さんのノンフィクションの映画化だ。

 幼少のころから難病を患い、今は首と手しか動かせない鹿野靖明(大泉洋)は、24時間介助を受けながら生活している。

 ボランティアとして介助に加わっている医大生の久(三浦春馬)の恋人、美咲(高畑充希)は、デートよりボランティアを優先する久を疑い、鹿野を訪ねたところ、新人スタッフと勘違いされて手伝うはめに。初めは反発していた美咲だが、次第に鹿野の人柄に心を開いていく。

 医師から20歳までの命と宣告を受けながら、43歳まで人生を戦い抜いた鹿野。自立した生活を求めて障害者施設を飛び出した鹿野のモットーは「生きるとは迷惑をかけ合うこと」。思い切って人の助けを借りることも大切だ―という彼の人生哲学に、500人以上に及ぶ若者たちが、葛藤し、ぶつかり合いながら、大きな影響を受けたという。

 前田哲監督は「社会に一石を投じる覚悟でつくり上げた」と語る。同監督は「ブタがいた教室」(2008年)で、小学校の教室で自分たちが育てたブタを食べるという「食育」を題材に、「命」の重みと人間の不条理を問い掛けた。

 障害者への社会の仕組みが不十分な時代に、卑屈になることなく、堂々と声を上げる鹿野の姿は、一見腹立たしいほど、ずうずうしく見えてしまう。だが、人間誰しも年を重ねて衰えていくのが現実。その覚悟を突きつけられているようだ。

 わがままで自由で前向きでおしゃべりで、本音で生きた主人公を、同じ北海道出身の大泉洋がユーモアたっぷりに演じている。実際に鹿野さんが暮らしていた部屋で撮影され、北海道でオールロケが行われた。
=2時間
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で12月28日(金)から公開
(2018年12月22日掲載)
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(C)Earth Films Productions Limited 2017

 「アース アメイジング・デイ」は、2007年公開の英BBC製作「アース」の10年ぶりとなる続編のネイチャー・ドキュメンタリーである。日の出から日没までの一日の中で、動物たちの姿を追った。

 高画質の4Kカメラ、大型ドローンなど、最新のハイテク機材による映像の進化の素晴らしさに息をのむ。制作スタッフには、動物学や生態学、行動学のエキスパートが集結。偶然ではなく、動物を知り尽くした彼らだからこそ捉えることができた動物たちの表情は、これまでに見たことがないほど、ユニークなものばかりだ。

 太陽の動きに合わせて、動物たちが次々と登場する。早朝にはらはらさせるのは、ガラパゴス諸島に生息するウミイグアナの赤ちゃん。ふ化したばかりの命を狙う蛇たちとの攻防が最初に待ち構える試練だ。サバンナシマウマの子どもにも、自力で激流を渡る命懸けの試練が訪れる。

 厳しさだけでなく、ほほ笑ましい親子の愛情あふれるシーンを見せてくれるのはパンダの母子や、子どもを連れたマッコウクジラの家族。ヒゲペンギンの両親は、おなかをすかせた子どものために、果敢に荒波に飛び込む。最上級の絶滅危惧種に位置付けられているサルのハクトウラングールが、赤ちゃんを抱えて岸壁をジャンプする貴重な瞬間も、カメラは映し出す。

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 「終戦のエンペラー」(2012年)のピーター・ウェーバー監督や英国アカデミー賞監督のリチャード・デール監督らが参加することで、動物たちの物語がドラマチックになった。長い首を振り回すキリンの決闘は、ウエスタン仕立てで迫力満点。どんなに急いでもスローモーにしか見えないナマケモノの恋は、ロマンチックコメディーのようだ。

 ナレーターを務めた佐々木蔵之介さんは「動物も人間も平等に24時間あり、僕らは自然と一体で、仲間なのだと感じた」と語る。地球に生きる動物たちの命の賛歌は、まさに地球遺産ともいうべきアメイジングな作品となった。
    =1時間34分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中
(2018年12月8日掲載)


写真=佐々木蔵之介さん
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 (C)2018「人魚の眠る家」製作委員会


 東野圭吾さんが作家デビュー30周年を記念して著した「人魚の眠る家」。愛する娘の生死に苦悩する夫婦を描いたヒューマンミステリーの映画化だ。

 離婚寸前の播磨薫子(篠原涼子)と和昌(西島秀俊)夫妻に残酷な悲劇がもたらされる。娘の瑞穂がプールで溺れ、意識不明の重体に。しかも、脳死の可能性が高く回復の見込みがないという。担当の医師から、脳死を受け入れ「臓器移植提供」を希望するか、それとも生かし続けて心臓死を待つかという選択を問われ、夫婦は言葉を失う。

 2人が選んだのは奇跡を信じること。娘の介護に没頭する薫子。そして、IT機器メーカー社長の和昌は、研究員の星野(坂口健太郎)が開発中の最先端技術を応用することを思い付く。前例のない延命治療の先に、新たな問題が待ち受けていた。

 「臓器移植」という医療の進歩が、人間の生と死の境界線に混乱をもたらす。生きている証しとは脳波か心臓の鼓動か、答えを出すのは難しい。

 もし、愛する家族が魂の抜けた「生きている死体」になってしまったら。つらい現実がわが身に起きたとしたら、どう向き合えばよいのだろう。周囲の人間に生死を決める権利があるのか。そんな社会が現実になりつつある。葛藤する薫子と和昌に感情を重ねながら、思いもよらない展開に引き込まれる。

 この物語に託されたミステリーは、謎解きでもサスペンスでもない。人間の奥深く心のひだに隠された真実だ。わが子を守るために、はたから見れば、常軌を逸したように見える薫子の行動。狂気の裏に秘められた真実が明かされたとき、あまりにも深い母の愛に涙してしまった。眠り続ける娘をひたすら愛する強い母親を演じた篠原涼子の鬼気迫る演技に圧倒される。

 監督は、「天空の蜂」(2015年)に続き東野圭吾作品は2作目の堤幸彦監督が手掛けている。延命、臓器移植という重いテーマの中に、あふれるほどの人間の細やかな感情を丁寧にすくい取った見応え十分の人間ドラマだ。
=2時間
(2018年11月17日掲載)


(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中