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(C)Nikola Productions, Inc. 2020


 19世紀、二人の天才発明家の登場で世界は光に包まれた。白熱電球や蓄音機、活動写真を発明したエジソン。そして蛍光灯や変圧器、ラジオなど多くの発明品を残したテスラ。「テスラ エジソンが恐れた天才」は、孤高の天才と呼ばれたニコラ・テスラの伝記映画だ。

 1884年、クロアチアからの移民としてアメリカに渡ったテスラ(イーサン・ホーク)は、エジソン(カイル・マクラクラン)のもとで働くが、直流電流か交流電流か―の送電方式で対立しエジソンと決別する。交流システムで特許を取得したテスラは、実業家のウェスティングハウスと手を結び勢いにのるが、エジソンは交流は危険と主張。「電流戦争」が、処刑用の電気椅子やシカゴ万博を舞台に繰り広げられる。

 「電流戦争」を描いた作品にベネディクト・カンバーバッチ主演の「エジソンズ・ゲーム」(2019年)があるが、映画の中でエジソンと対決したのは、カリスマ実業家のウェスティングハウスのほうだった。もう一人の重要人物テスラの生涯を知ることで、世紀のビジネスバトルの欠けたピースがピタリと埋まる。

 「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」。エジソンの名言に対するテスラの言葉は「天才とは、99%の努力を無にする1%のひらめきのことである」。ビジネスに手腕を発揮する、傲慢(ごうまん)なエジソンを演じたカイル・マクラクランの自信に満ちた、あくの強い演技は必見だ。

 対するイーサン・ホークは、生涯を独身で終えたテスラの、病的なまでに潔癖性で人間関係に不器用な内面を繊細に体現する。実際のテスラは長身の美男子だったそうだ。

 マイケル・アルメレイダ監督がテスラに魅了され脚本を書いたのは、なんと40年も前だったそうだ。テスラに心引かれる大財閥の令嬢アン・モルガンが、案内役でテスラの謎に満ちた半生を語る展開と、舞台劇のような背景がユニークだ。テスラがなしえた仕事の偉大さと、苦悩と葛藤。孤独な魂に心が震える。

=1時間43分
 (日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野千石劇場((電)226・7665)で16日(金)から公開

(2021年4月10日号掲載)
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(C)2021「騙し絵の牙」製作委員会

 本離れ、活字離れが言われて久しい。ネットに押されて雑誌全体の売り上げも落ちている。「騙(だま)し絵の牙」は、老舗出版社を舞台に生き残りをかけた権力争いを描いた塩田武士原作のベストセラー小説の映画化だ。

 伝統ある文芸誌で知られる大手出版社・薫風(くんぷう)社の創業一族の社長が急死し、次期社長の椅子を巡り、社長の息子をたてる保守派と、対立する改革派の権力争いが勃発する。改革派の東松専務(佐藤浩市)の主導で、売れない雑誌は廃刊されることになり、カルチャー雑誌「トリニティ」の編集長、速水(大泉洋)は危機に立たされる。文芸部から引き抜いた編集者、高野(松岡茉優)の斬新なアイデアと、バラエティーに富む作家の登用で活路を見いだすが、社内の裏側で思いがけない陰謀が図られていた。

 ユニークなのは原作そのものが俳優・大泉洋をあて書きした小説だということ。映画化で完結を目指す企画としてスタートし、7年の歳月をかけたという。

 大泉扮(ふん)する速水は、にこやかで親しみやすく相手の懐に入りこむ、まさに「人たらし」。だが本音は真実かうそか、ラストまで分からない。裏の顔と表の顔を持つ男と、そこに絡むひと癖もふた癖もあるキャラクターを演じる俳優の顔ぶれも豪華で実力派ぞろい。丁々発止の戦いぶりと、だまし合いに牙をむく役者たちの熱量に圧倒される。

 本や小説家を売り出す仕掛けなど、出版の裏側を描いたあるあるエピソードは、出版業界の混乱と未来まで映し出すようだ。お家騒動や陣取り合戦のように足をすくうだまし合いは、企業ものとしての面白さも十分に楽しめる。

 裏切りやリーク、策略とうそを重ねる男たちに振り回されながらも、文学を一直線に愛する女性たちの姿が潔い。
 
 「桐島、部活やめるってよ」(2012年)で日本アカデミー賞・最優秀監督賞を受賞した吉田大八監督が、共同で脚本も手掛けている。タイトルの「牙」に込めた思いが明かされるラストに深くうなずいてしまった。

 映画のストーリー展開と結末は、原作小説とは一味違う社会派エンターテインメントに仕上がった。

    =1時間53分

(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中

(2021年3月27日号掲載)
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 昨年の米アカデミー賞を受賞し話題をさらった韓国映画「パラサイト 半地下の家族」は韓国人家族を通じて格差社会を描いた。今年の賞レースで注目を集めている「ミナリ」は、米国で成功を夢見る韓国系移民家族の物語だ。

 1980年代、米国南部アーカンソー州に韓国人家族4人が移住してきた。一家のあるじジェイコブ(スティーブン・ユアン)は、広大な土地を手に入れ、増加する韓国系移民向けに韓国野菜を作る農場経営で成功を夢見る。また、2人の子どもの世話をしてもらうため、妻モニカ(ハン・イェリ)の母を韓国から呼び寄せ同居する。

 子どもたちに成功する姿を見せたいとアメリカンドリームを追いかけるジェイコブ。しかし、安いなりのいわくつきの大地では、順調そうだった作物が枯れそうになったり、注文がキャンセルされたりと、思いがけないトラブルが発生。さらなる困難が一家を待ち受けていた。

 心臓の悪い息子デビッドの身を案じ、病院から遠い田舎暮らしが不満なモニカ。けんかが絶えない両親の姿に子どもたちは心を痛める。それぞれが家族のことを思いながら次第に擦れ違ってゆく悲しさ。脚本も手掛けたリー・アイザック・チョン監督も韓国系米国人で、自身の幼少期の体験を基に、思わず応援したくなる、いとおしい家族の物語を誕生させた。

 タイトルの「ミナリ」とは韓国語で野菜のセリのこと。2度目の旬が最もおいしいとされ、親世代が子ども世代へつなげていくという意味が込められているそうだ。祖母のまいた種が大地に根付き、香り高いセリの緑の葉が風に揺らぐシーンが美しい。

 秀逸なのが祖母と孫の交流だ。料理ができず言葉もしゃべれない。花札遊びはめっぽう強く、あっけにとられるほどの毒舌家。そんなおばあちゃんをデビッドは嫌っていたが、いつしか大の仲良しになっていく。

 破天荒で心根の温かい祖母を演じたユン・ヨジョンは韓国のメリル・ストリープと称される演技派。この作品でさまざまな映画賞を受賞。作品も、サンダンス映画祭で審査員特別賞と観客賞のグランプリをダブル受賞、さらにゴールデン・グローブ賞の外国語映画賞を獲得している。

   =1時間56分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中

(2021年3月20日号掲載)
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(C)2019, Sommerhaus Filmproduktion GmbH, La Siala Entertainment GmbH, NextFilm Filmproduktion GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH

 「おちゃのじかんにきたとら」「わすれんぼうのねこ モグ」などで知られる世界的な絵本作家、ジュディス・カーが2019年5月22日、95歳でこの世を去った。「ヒトラーに盗られたうさぎ」は彼女の自伝的小説の映画化だ。

 1933年のドイツ。ヒトラーの台頭でユダヤ人への迫害が始まると察知したユダヤ人演劇批評家のアルトゥア・ケンパーは家族でスイスに亡命することを決断した。9歳の少女アンナは両親、兄と共にベルリンを脱出。亡命先からもドイツの現状を批判するアルトゥアには賞金がかけられナチスにとって目障りな存在となっていた。仕事を得るため一家はスイスからフランスへ。さらにイギリスへと移住する。

 ユダヤ人の虐殺や戦闘のシーンはなく、一家のもとに届く知人の便りから、ナチスによる弾圧の様子が伝えられるだけ。映し出されるのは過酷な亡命生活の中でも、明るくたくましく成長してゆくアンナと、子どもたちを見守る両親の愛情深い姿だ。貧しくとも子どもたちに最良の教育を与え、的確にアドバイスする。国が変わり言葉や習慣の違いに戸惑いながら、ゼロから学び始めることもいとわない。ユダヤ人への差別の視線をはね返し、強さを身に付けてゆく子どもたち。「誠実、勤勉、寛大さ。ユダヤ人の長所を証明しなさい」。父の言葉を忠実に守り、兄妹は前向きに生きてゆく。

 亡命者に否応なしにくる突然の別れ。アンナは大好きなものに手を当て、別れを告げる。

 「さよなら小道」「さよならお家」。少女の感性を育んだ逃避行は、覚えたてのフランス語で書いた作文「旅」となり、コンクール優勝というご褒美になった。後に子ども時代の実体験からたくさんの絵本が生み出され、原作の「ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ」は20の言語に翻訳され児童文学の古典となった。

 監督は「名もなきアフリカの地で」(2001年)でアカデミー賞外国語映画賞を受賞したカロリーヌ・リンク。アンナ役で映画デビューしたリーバ・クリマロフスキのみずみずしい存在感が印象的だ。

 本物の教育とは、家族のあり方とは何か。子育て世代の親には学ぶシーンが多い。

   =1時間59分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で公開中

(2021年3月13日号掲載)
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(C)山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

 現代の女性にとっての恋愛と結婚、そして「生きる」とは―。「あのこは貴族」は、育ちも境遇もまったく異なる2人の女性が人生の岐路で出会い、交錯した時の葛藤や生きざまを描いた物語だ。

 華子(門脇麦)は、東京に生まれ、何不自由なく育てられてきた箱入り娘。30歳を前に友人たちが次々と結婚していくのを見て焦りを感じていた。お見合い相手の弁護士の幸一郎(高良健吾)は家柄も良く、とんとん拍子で結婚する。だが家の格式の異なる嫁ぎ先に次第に息苦しさを覚えていく。

 富山出身の美紀(水原希子)は難関の名門大学に合格し上京するが、お金がなくて学費の支払いに困り中退。都会暮らしに慣れたものの、時がたっても地方出身者の孤独感は消えない。

 人生に接点のない、全く異なる階層の2人だったが、ある日、華子は、美紀という名の女性が夫・幸一郎に宛てた親密なメールを読み、不安を募らせるのだった。

 原作は山内マリコの小説。第1章「東京」、第2章「外部」、第3章「邂逅(かいこう)」、第4章「結婚」、第5章「彷徨(ほうこう)」と、小説を読み進むように、2人のヒロインが織り成す物語が展開してゆく。

 結婚は女の幸せと信じてきた華子。お似合いの夫婦のはずなのに満たされない空虚さが募る。一方、美紀は、憧れていた東京に格差と階層が存在することを思い知らされる。「日本って女を分断する価値観の国」というせりふが胸に突き刺さる。

 おっとりと生きてきた華子が培ってきた所作と清楚(せいそ)な美しさ。進路に迷いながらも自力で生きてきた美紀の芯の強さ。ファッションも身のこなしも、境遇と育ちからくる違いが画面からにじみ出る。

 脚本も担当した岨手(そで)由貴子監督は長野市出身。現代女性の心の揺らぎとリアルな人生観を繊細なタッチで描いた。初のオリジナル長編作品「グッド・ストライプス」(2015年)で、新人監督の登竜門である新藤兼人賞金賞を受賞している。映画界で注目を集めている若手女性監督が、長野市から誕生したことが何とも誇らしい。

=2時間4分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で公開中

 ◆岨手由貴子監督舞台あいさつ
 3月6日(土)13時20分からの回上映後15時半~16時。新型コロナウイルス感染予防対策のため人数制限あり。事前予約受け付け中。

(2021年2月27日号掲載)

(ただし3月6日のイベントには使用不可)
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 1980年代の終わり、東西冷戦の終結は、ソ連に暮らすユダヤ人の人生を変えた。「声優夫婦の甘くない生活」は、ソ連を出国し、イスラエルに移民として第2の人生を選んだ夫婦の、どこか悲哀とユーモアに満ちたヒューマンドラマだ。

 1990年、ビクトル(ウラジミール・フリードマン)と妻のラヤ(マリア・ベルキン)は、イスラエルの空港に降り立った。ソ連ではスター声優夫婦だったが、ロシア語声優の需要はなく厳しい現実に直面する。生活費を稼ぐため、ラヤは夫にうそをついてテレホンセックスの仕事に飛び込むが、変幻自在の声のラヤは売れっ子になってゆく。

 新しい社会になじめない夫と適応してゆく妻。どこか定年退職後の夫婦にありそうなシチュエーションは万国共通だ。ダスティン・ホフマンやマーロン・ブランドなど名だたるスターの声を演じてきたビクトルが、オーディションで自分の芝居を求められ困惑する声優の悲哀。せりふならすらすらと言えるのに、目の前の妻には伝えられない不器用さ。銀幕ではない現実の中で、初めて向き合った夫婦の本音が、2人の間に亀裂を生んでしまう。 

 原題は声優らしい「ゴールデンボイス」。「甘い生活」というタイトルにイタリアの名匠フェデリコ・フェリーニ監督を思い浮かべる映画ファンも多いだろう。ビクトルもフェリーニ監督との関わりを誇らしげに語るが、移民となった夫婦に「甘い生活」はほど遠い。なかなか気の利いた邦題に思わずニヤリとしてしまった。

 夫婦の新生活の背景に見え隠れするのは、イスラエルを敵視するイラクのフセインによる化学兵器の恐怖と緊張感。当時の世相を知るエフゲニー・ルーマン監督自身も、少年時代に両親と共に旧ソ連圏から移民している。自らの体験から生まれた物語は、数々の国際映画祭で監督賞や脚本賞など受賞し注目を集めている。

 日本でも大ヒットした「百万本のバラ」のメロディーがラヤの愛を彩る。昨年は「映像の魔術師」と呼ばれたフェリーニ監督の生誕100周年だった。ルーマン監督のフェリーニ愛と映画愛に満ちた物語だ。=1時間28分

(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野ロキシー((電)232・3016)で27日(土)から公開
(2021年2月20日号掲載)

写真=映画の一場面
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(C) 佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

 「身分帳」とは受刑者の個人情報が記されている極秘資料のこと。「すばらしき世界」は、実在の犯罪者をモデルにした佐木隆三の小説「身分帳」を原案に、西川美和監督が脚本も手掛けた人間ドラマだ。

 刑期を務め上げ旭川刑務所を出所した元殺人犯、三上正夫(役所広司)は、上京し再起を目指す。獄中生活が長い三上にとって、様変わりした社会への復帰は厳しいものだった。

 小説家志望の青年、津乃田(仲野太賀)はテレビ局のやり手プロデューサー吉沢(長沢まさみ)から、三上を取材対象にする仕事の依頼を受けるが、人生の大半を刑務所で過ごした三上の壮絶な過去を知り、とまどう。

 「ゆれる」(2006年)、「ディア・ドクター」(09年)などオリジナル作品で数々の映画賞を受賞してきた西川監督にとって小説を原案にした初作品。4年の歳月をかけた脚本から生まれた主人公は、一見粗野で義侠心(ぎきょうしん)から暴力を振るうヤクザの気質を抱えながらも、どこか憎めない人物だ。

 感情をストレートに爆発させ、抑えられない怒りは、三上が渇望する未来ではなく一瞬で過去へ引き戻す狂気となる。自分を受け入れようとしない社会に落胆しながらもあがき続け、時には人の情の温かさにふれ、涙する。三上の心の底にある純粋さと、あまりにも不器用な姿は痛々しささえ感じる。

 西川監督が三上に見せたかった「素晴らしき世界」とは、どんな世界だったのか。悲しみと孤独に満ちた一人の男の心のひだを、あますことなくカメラは映し出す。津乃田の目を通して三上という男の人生をたどる不思議な感覚。観客自身もまた社会の目となり、現実の世界の残酷さに気づかされてゆく。

 橋爪功、梶芽衣子、六角精児、キムラ緑子、安田成美ら、物語のエピソードに登場する脇役のぜいたくな顔ぶれも見どころの一つだ。

 人懐こい笑顔から一瞬でヤクザの顔に豹変(ひょうへん)する。すごみとおかしみと、振り幅の大きな人物を圧倒的な役者の力量で魅力的に演じきった役所広司は、シカゴ国際映画祭で最優秀演技賞を受賞。観客賞も併せて受賞している。

    =2時間6分
(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野グランドシネマズ((電)233・3415)で公開中

(2021年2月13日掲載)
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(C)2020 「五代友厚」製作委員会

 「天外者」と書いて「てんがらもん」と読む。(薩摩(さつま)弁ですさまじい才能の持ち主という褒め言葉なのだそうだ。近代日本経済の基礎を築き、希代の天外者と呼ばれた実業家五代友厚(ともあつ)の波瀾(はらん)万丈の人生を描いたのが本作だ。

 五代友厚(三浦春馬)は、少年時代から頭脳明晰(めいせき)で、11代薩摩藩主島津斉彬公に「才助」と呼ばれた。薩摩藩から派遣された長崎海軍伝習所では、坂本龍馬(三浦翔平)や岩崎弥太郎(西川貴教)と出会い、親交を深める。イギリス留学で産業革命を目の当たりにし、明治維新後の殖産興業に力を注ぐ。

 幕末から明治時代にかけて激動の時代を駆け抜けた五代。貪欲に世界を学び、欧米列強の脅威から日本を守り、日本の近代化を推し進めていった。日本に必要な経済力を高めるために官界を去り、大阪の商法会議所や株式取引所の創設など財界の発展に尽力した。その躍進の陰には、遊女はるとの恋、のちに妻となる豊子(蓮佛美沙子)との出会いなど、五代を支える女性たちとのドラマがあった。

 これまであまり知られていなかった五代だったが、数年前、NHKの連続テレビ小説「あさが来た」に登場し、一躍知名度を上げた。
映画化に当たっては市民有志がプロジェクトを立ち上げ、7年の歳月をかけて公開にこぎつけたという。

 高い志、大胆な行動力と並外れた賢さで周囲を魅了した五代。大久保利通、勝海舟、伊藤博文、西郷隆盛ら歴史上の名だたる人物との青春群像劇を繰り広げる。

 田中光敏監督は、五代のキャスティングに当たり、芯があり美しい人として三浦春馬を選んだという。五代の熱い生きざまと重なるような輝く瞳と笑顔の美しさ。だが昨年7月、自ら人生の幕を引いてしまった。享年30の若い死。

 亡くなった後も出演作が次々と公開され、多彩な役柄をこなす才能を惜しむ声が後を絶たない。本作に息づく彼の演技の素晴らしさは、遺作と呼ぶにふさわしい。エンドロールの最後に映し出された死を悼む言葉に涙してしまった。
=1時間49分
 (日本映画ペンクラブ会員、ライター)
 長野千石劇場((電)226・7665)で公開中
(2021年1月23日号掲載)
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(C)Lilies Films.

 現代と異なり女性が画家として生きることが難しい時代があった。「燃ゆる女の肖像」は、一枚の絵に隠された禁断の愛の物語だ。

 18世紀、革命前のフランス。画家のマリアンヌ(ノエミ・メルラン)はブルターニュにある孤島に降り立った。島の館に住む伯爵夫人から、娘エロイーズ(アデル・エネル)のお見合い用の肖像画を描いてほしいと招かれたのだ。修道院から呼び戻されたエロイーズは、急死した姉の身代わりに見知らぬ男と結婚することに反発し、前に雇われた画家には決して肖像画を描かせようとしなかったという。マリアンヌは散歩の相手のふりをしながらエロイーズを観察し、記憶で肖像画を仕上げようとしたが進まない。真実を告白すると意外にもエロイーズはモデルになることを承諾する。

 画家としてモデルを見つめるマリアンヌの真剣なまなざしに、挑むかのように見つめ返すエロイーズ。互いの心を探るように2人が交わしあう視線の、なんとエロティックで雄弁なことか。いつしか引かれ合う2人に交わす言葉はいらない。魅惑的なまなざしに心を射抜かれるようだ。

 語らう2人が過ごす濃密な時間。音楽や文学の知識の深さに魅了される。男か女かに関係なく、人はこうして恋に落ちてゆくのかと、新鮮な驚きに満ちている。ギリシア神話の「オルフェの竪琴」が象徴的に引用される。亡くなった妻を冥界から連れ出しながら、振り返ってはならないという約束を守り切れず、再び妻を失う吟遊詩人の物語が、別れを約束された、許されない愛を燃え上がらせる。

 撮影は、往年のままの姿をとどめる実在する孤島の城で行われた。島の女たちの祭りのたき火の炎。白い波しぶきを上げる断崖。マリアンヌの赤とエロイーズの緑のドレス。色のコントラストがいくつもの印象的な映像を生み出してゆく。

 脚本も手掛けたセリーヌ・シアマ監督が紡ぎ出す、格調の高さと荒々しさをまとった愛の物語は、カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞。さらにLGBT(性的少数者)などをテーマにした作品に贈られるクィア・パルム賞を女性監督として初めて受賞した。=2時間2分

 (日本映画ペンクラブ会員、ライター)
長野千石劇場((電)226・7665)で1月29日(金)から公開

(2021年1月16日号掲載)
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(C)「ミセス・ノイズィ」製作委員会

 テレビのワイドショーなどで伝えられる隣人トラブル。もし隣にお騒がせな人物が住んでいたら...。「ミセス・ノイズィ」は、隣人による騒音トラブルに巻き込まれた家族を描いた、どこかおかしくて悲しい人間ドラマだ。

 郊外のアパートに越してきた子育て中の小説家、吉岡真紀(篠原ゆき子)はスランプに陥り執筆が進まない。しかも引っ越し早々、朝からベランダで激しく布団をたたく住人、美和子(大高洋子)に注意したことで、険悪な状態になってしまう。

 不満を相談しても反応が鈍い夫の裕一とも、次第に心に隔たりができてゆく。我慢の限界を超えた真紀はついに美和子とやり合うが、2人のバトルが撮影され瞬く間にネットに拡散。一躍、時の人となった真紀に仕事の依頼が舞い込み復活したかに見えたが、バトルの先には思いがけない結末が待ち受けていた。

 2000年代にテレビのワイドショーで取り上げられた「騒音おばさん」事件をモチーフに、脚本も手掛けた天野千尋監督が普段から目にした争い事をヒントにしたのだそうだ。

 さらに黒澤明監督の「羅生門」もモチーフにして、作品に仕掛けたいくつものエピソードとドラマが、万華鏡のように物語の姿を変えてゆく。思い込みや行き違いが生み出す混乱の数々を、オリジナリティーあふれる大団円へと導く天野監督の手腕に脱帽だ。

 隣人夫婦役の2人はオーディションで選ばれたそうだが、普段は舞台で活躍していて露出が少ないせいか、リアルな存在感が怖いほど。

 「ミセス・ノイズィ」とは、騒音おばさん事件が海外で報道された時に使われたタイトルなのだそうだ。大高洋子扮(ふん)する騒音おばさんの演技は圧巻だ。

 持ち上げたと思ったら、さっと手のひらを返すネット社会の残酷さ。顔が見えないのを良いことに誹謗(ひぼう)中傷を繰り返し「SNSは大炎上」。平然と傷つけあう現代社会の乾いた空気と、隣人同士の仁義なき戦いの生々しさのギャップが面白い。

 主人公と一緒に怒り、笑い、涙ぐむ。あらためて人間性とは何かを突き付けてくる社会派エンターテインメントだ。
    =1時間46分(日本映画ペンクラブ会員、ライター)

長野千石劇場((電)226・7665)で公開中

(2021年1月9日号掲載)