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(C)2017「モリのいる場所」製作委員会

 97歳でこの世を去った画家の熊谷守一(もりかず)(1880~1977年)は、その風貌から「画壇の仙人」と呼ばれ、30年間も家の外に出なかったというエピソードの持ち主である。愛称はモリ。「モリのいる場所」は晩年の日常を描いた物語だ。

 都会とは思えないほど、うっそうと草木が生い茂る熊谷家。モリ(山崎努)は結婚して52年になる妻の秀子(樹木希林)と2人暮らし。画商や取材者など、さまざまな人が出入りしてにぎやかだ。

 家の主は朝から庭に出て、何時間も飽きずに、昆虫や石の観察に余念がない。そんな浮世離れした夫を見守る秀子は、来客をうまくさばき、夫の囲碁相手を務める。夜には、教室と呼ぶアトリエに誘導してキャンバスに向かわせる。会話はなくとも、まさにあうんの呼吸で一日が過ぎる。

 長年連れ添った夫婦を演じた名優2人は、初共演というのが信じられないほど、息がぴったり。ユーモラスで互いを思いやる夫婦の姿を見ているだけで、温かく穏やかな心に満たされる。

 静かな画面に耳をすますと、生きるものの営みの音が聞こえてくるようだ。ハチ、チョウ、アジサイや何げない草花。地べたに寝転んで、アリや池の魚を無心に眺めるモリの目で一緒に眺めていると、小さな庭がまるで広大な小宇宙のような気がしてくるから不思議だ。

 面と線だけの独特な熊谷様式という画風のままのように、余分なものをそぎ落としたシンプルな暮らしぶり。文化勲章も辞退するほど無欲で、肩の力を抜いた自然体の生き方や、ふと漏らす言葉の奥深さにひかれる。

 山崎努が憧れていた熊谷守一を、「南極料理人」(2009年)で知られる沖田修一監督が、エピソードをもとにオリジナルの脚本を書き上げている。
    =1時間39分

(2018年6月30日掲載)

(日本映画ペンクラブ会員、ライター)
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(C)2018「焼肉ドラゴン」製作委員会

 関西の地方都市でたくましく暮らす在日コリアン一家の物語「焼肉ドラゴン」は、2008年に日本と韓国の芸術劇場のコラボレーションから生まれた名作舞台劇の映画化だ。

 小さな焼き肉店を営む龍吉(キム・サンホ)と妻の英順(イ・ジョンウン)は、長女の静花(真木よう子)、次女の梨花(井上真央)、三女の美花(桜庭ななみ)の3人姉妹と末っ子の時生の6人家族である。

 亭主の名前にちなんで呼ばれる「焼肉ドラゴン」には、常連客が集まって今日もにぎやかだ。梨花と哲男(大泉洋)の結婚パーティーのはずが、雲行きが怪しくなり、けんかが始まってしまう。娘たちの恋愛や有名中学に通う時生の不登校など、夫婦の心配事は絶えない。

 韓国語特有のけたたましさと関西弁が行きかう会話の応酬は、まるで舞台劇を見ているような面白さ。戦争で片腕を失った龍吉役のキム・サンホと、子どもたちを愛してやまない肝っ玉母さん役のイ・ジョンウンには、圧倒的な存在感がある。癖のある日本語やどこかユーモラスな人間くささが魅力的だ。長屋に咲いた花のような女優たちの体当たりの演技も新鮮で、目を奪われる。

 1970年の大阪万博に沸く時代が背景で、月の石の大行列などのせりふやチューリップ形の帽子やグッズも懐かしい。その一方で、開発に伴う強制撤去が行われ、押し寄せる高度経済成長の波が、必死に生きる一家をほんろうする。

 南北に分断された祖国と日本。彼らにとって三つの国は近くて遠い。北朝鮮への帰国事業による移住は、今の私たちは結末を知っているだけに切ない。

 戯曲を執筆した鄭義信(チョンウィシン)監督が、映画版でも脚本と監督を手掛けている。鄭監督自身も在日3世で、リアルな体験から生まれたエピソードと人情味あふれるストーリーは、紀伊国屋演劇賞、朝日舞台芸術賞、読売演劇賞・大賞など数々の賞を獲得した。上演された韓国でも韓国演劇評論家協会が選ぶベスト3にランクインしている。

 日本で生きるために耐える在日の痛みと悲しみ。泣いて笑って立ち上がる強さがまぶしい。
=2時間
(2018年6月23日掲載)
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(C)「終わった人」製作委員会

 「定年って生前葬だな」。部下たちから贈られた花束を抱え、勤務先を後にするサラリーマン。人生の転機を迎えたシニア世代の悲喜こもごもを描いた「終わった人」。内館牧子さん原作のベストセラー小説の映画化だ。

 東大法学部から大手銀行に就職。超エリートなはずが出世コースから外れ、出向先の子会社で定年を迎えた田代壮介(舘ひろし)は、仕事一筋で趣味もなく、ゆっくり過ぎる時間に何をしたらよいのか分からない。老人的なことから距離を置こうするが、公園も図書館もスポーツジムも高齢者であふれている。新たな生きがいを求める壮介に、ある出会いが待っていた。

 もう一人の主人公は、夫とともに生きてきた妻の千草(黒木瞳)。家庭を支えながら先を見据えて、美容師としても着実にキャリアを築いているしっかり者だ。定年をきっかけに、夫婦の間に微妙な変化が起き始める。

 昼間いなかった夫が毎日朝から一緒にいる妻のストレスが、男性諸氏に分かってもらえるだろうか。気ままだった外出も気兼ねしつつ、1日3食の食事作りは結構負担だ。満開の桜を見ても、「残る桜も散る桜」などと言う悲壮感あふれる愚痴を聞かされるはめになり、妻は次第に夫の存在が重くなる。そんな夫婦の身につまされる日常とエピソードがリアルに描かれる。

 誰にも訪れる老後をいかに充実させ、自分を切り替えていくか。自分の居場所探しにジタバタする男と、一歩先を行く女の違いが巧みにちりばめられて、うなずきながら思わず苦笑いしてしまう。

 68歳ながらダンディーな舘ひろしが、これまでにない役柄に挑戦。「リング」(1998年)や「仄暗い水の底から」(2002年)の中田秀夫監督が、原作にほれこみ手掛けた。ジャパニーズホラーの名手として知られる中田監督の初めての人間喜劇という意外性にも注目だ。
(2018年6月9日掲載)

 いつかは向き合わなければならない終わりの時。仕事はリタイアしても、人生をリタイアしないためのヒントが満載のちょっぴり辛口なコメディーだ。
=2時間5分
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(C)2017 ALL THE MONEY US, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
 世界一の大富豪とも称されたアメリカの石油王ジャン・ポール・ゲティ。「ゲティ家の身代金」は、世界中から注目された誘拐事件の顛末をスリリングに描いた実話の映画化である。

 1973年、ローマで17歳の孫ジョン・ポール・ゲティ3世が誘拐された。犯人は母親のアビゲイル(ミシェル・ウィリアムズ)に1700万ドル、当時の換算でおよそ50億円もの身代金を要求してきた。

 子どもの親権だけを望み、既に離婚していたアビゲイルは、疎遠になっていたポールの祖父ジャン(クリストファー・プラマー)を頼るが、支払いを拒否されてしまう。ジャンは部下で元CIA(米中央情報局)のフレッチャー(マーク・ウォールバーグ)を交渉役として、アビゲイルの下に向かわせる。

 資産が数えられるうちは、本当の金持ちではないとうそぶくジャン。「孫が14人もいるから1人に払うと、ほかの孫も誘拐される」。正論のように聞こえる言い訳も、その本心は醜い守銭奴の姿だ。美術品のコレクターとしても知られるジャンは、美術品には大金を払っても、人間の命には払わない。

 家族を犠牲に富を築いてきた男のエゴに立ち向かうのは、「なんとしても息子を救い出す」という母親の強い愛だ。残忍な誘拐犯だけでなく、冷徹な義父との駆け引きに挑むアビゲイルの闘いが緊迫感を盛り上げる。

 公開直前にジャン役だったケビン・スペイシーがセクハラ問題で降板。リドリー・スコット監督が代役にクリストファー・プラマーを起用し、わずか9日間で撮り直したといういわくつきの作品だが、鬼気迫るプラマーの怪演でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされるなど、賞レースで評価された。

 監督が大好きだという「甘い生活」(1960年)に使われた噴水広場で撮影したオープニングシーンから、一気に物語の世界観へと引き込まれていく。モノクロからカラーへ、さらに色彩心理にこだわった衣装や映像が印象的だ。

 大富豪と誘拐犯。対極に見えながら、金にとらわれた浅ましさとむなしさ。息つく暇もない二転三転の極上サスペンスだ。
=2時間13分
(2018年5月26日掲載)
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(C)2017 Stronger Film Holdings,LLC. All Rights Reserved. Motion Picture Artwork
(C)2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 4月第3月曜の米国「愛国者の日」に行われるボストン・マラソンは、1897年に始まった世界最古のマラソン大会。122回目の今年は、川内優輝選手が日本勢としては31年ぶりの優勝を果たし、話題になった。

 「ボストン・ストロング ダメな僕だから英雄になれた」は、3人の命が奪われ、282人の負傷者が出た2013年大会の爆弾テロで両足を失った青年の回顧録の映画化だ。

 ジェフ・ボーマン(ジェイク・ギレンホール)は、元恋人のエリン(タチアナ・マスラニー)が大会に出場すると知り、応援に駆け付けた。ゴール地点でエリンを待つジェフの真横で突然、爆発が起こり、会場は大混乱に陥った。

 ジェフが意識を取り戻した時、待ち受けていたのは両足切断という現実。絶望する彼を片時も離れずに支えたのは、ジェフのいい加減さが原因で別れたはずのエリンだった。

 アメリカ社会の強さを感じるのは、テロリストに屈しないという団結力だ。市民を勇気づけた「ボストン・ストロング」というスローガンの象徴となったのが、爆破直後に車椅子で運ばれる姿と、傷つきながらもテロリストの姿を証言し、逮捕に協力したジェフだった。

 だが、世間からヒーローと持ち上げられることで、逆に自分の無力さとトラウマにいら立つジェフ。そんな一人の男の心の葛藤を繊細に演じたのが、物語にほれ込んで製作にも関わったジェイク・ギレンホールだ。ジェフ本人と時間をかけて交流し、演技を超えた存在感で見る人を圧倒する。

 足が吹き飛ばされた(凄)(せい)(惨)(さん)なテロ現場のシーンや、義足を装着した姿はリアルでつらくなる。己に起きた現実と向き合った原作「ストロンガー」の段階から注目を集め、映画化が待たれていたという。

 舞台となったボストンも、市を挙げて撮影に協力し、事件を再現しただけでなく、ジェフの実際の担当医や看護師、義足技師も出演したという。普通の男がいかにして悲劇を乗り越え、本物の強さと勇気を勝ち取ったのか、喪失と再生の実話に胸が熱くなる。
=2時間
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(C) 2016 Small Shack Productions Inc. /
Painted House Films Inc. / 
Parallel Films (Maudie) Ltd. 

 カラフルで愛らしく素朴な作品で、カナダで最も有名な画家といわれるモード・ルイス。「しあわせの絵の具 愛を描く人モード・ルイス」は、若年性関節リウマチを患いながらも、ひたすら絵を描き続けたモードの実話の映画化だ。

 カナダの小さな港町で叔母と暮らすモード(サリー・ホーキンス)は、子どもの頃からリウマチを患い、邪魔者扱いされていた。唯一の幸せはリウマチで固まった指に絵筆を持ち、身近な自然や生活の風景を描くことだった。

 孤児院で育ったエベレット(イーサン・ホーク)は魚の行商を営んでいた。不愛想なエベレットとモードを結びつけたのは、エベレットが出した「家政婦を求む」の1枚の張り紙だった。

 事あるごとに怒鳴り散らす粗野なエベレットに、ユーモアで切り返すモード。互いの本音をぶつけ合い傷つけ合いながらも、かけがえのない存在になっていった2人は結婚し、殺風景な小さな家はいつしかカラフルな色に彩られていった。

 ニューヨークからの避暑客サンドラがモードの才能を見抜き、絵を注文したことをきっかけに、マスコミの注目を集めたモードの絵は評判になっていく。

 サリー・ホーキンスは、今年のアカデミー賞作品賞を受賞した「シェイプ・オブ・ウォーター」で言葉を失ったヒロインを演じて、演技派女優として地位を確立した。本作でも不自由な体にめげず、想像力を羽ばたかせるモードになりきっている。

 両親が絵本作家で学生時代に演劇と美術のどちらを選ぶか悩んだというホーキンスは、撮影前に素朴派画家の絵画教室に通い、映画の中の絵は実際に彼女が描いたという。

 エベレットが支えることで、輝き始めるモードの人生。名声を手にしながらも質素な生活は変わらない。2人が32年間にわたって暮らした、絵で埋め尽くされたわずか4メートル四方の小さな家そのものが、モード最大の作品となった。

 夫婦とは、心の豊かさとは、本当の幸せとは何かと気づかせてくれる愛が詰まった物語だ。エンドロールでモードの心温まる作品の数々が映し出され、余韻に包まれる。
    =1時間56分

ロング、ロングバケーション

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(C)2017 Indiana  Production  S.P.A
 人は病気や高齢になると、死を意識して終活に入ることがある。「ロング、ロングバケーション」は、50年連れ添った老夫婦の最後の旅を描いたロードムービーだ。

 がん治療のために入院するはずの日、エラ(ヘレン・ミレン)は夫のジョン(ドナルド・サザーランド)と共に、子どもたちに黙ってキャンピングカーで家を飛び出した。目的地は文学教師だったジョンが敬愛するヘミングウェーの家。ボストンからフロリダのキーウェストを目指すアメリカ縦断の旅が始まった。

 ロードムービーの魅力は、訪れる土地や風景を観客も一緒に楽しめること。夫婦に負けないくらい年季の入ったキャンピングカーがルート1号線を南下していく。

 キャンプ場だけでなく、時には超豪華なスイートルームを楽しみ、残り少ない人生を謳歌する2人。夜ごと見つめるのは、思い出のスライド上映だ。これまでの人生を彩った喜びや苦悩を映し出し、夫婦が歩んだ半世紀を巧みに紡ぎだす。

 軽快な旅かと思いきや、エラの病気だけでなく、ジョンも認知症が進行中。ジョンの記憶の混乱が次々とトラブルとハプニングを巻き起こすのだが、悲惨さよりもどこかコミカルで噴き出してしまう。笑って泣いて、生きることのいとおしさが切なく胸にしみてくる。

 老夫婦の冒険を明るく、時にはエモーショナルに描いたのは、「歓びのトスカーナ」(2016年)「人間の値打ち」(13年)で、イタリアのアカデミー賞を獲得したイタリアの名監督パオロ・ヴィルズィだ。

 ハリウッドからのオファーに、なかなか首を縦にふらなかった監督が、撮影の条件にしたのが2人の名優の存在だったという。アカデミー賞常連の演技派ヘレン・ミレンが気丈で夫を愛するかわいい妻に、悪役やあくの強い役柄が得意なドナルド・サザーランドが認知症の元教師にふんし、これまでとは一味も二味も違う役柄を、チャーミングに演じている。

 いつも寄り添い生きてきた夫婦が、人生の最後にどう向き合うのか。2人の決断に共感できることも多いのではないだろうか。
    =1時間52分
(2018年4月7日掲載)
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(C)2018「北の桜守」製作委員会

 南の沖縄、北の北方領土と戦争の深い傷跡は、いまだに悲しみをもたらしている。これまでも平和への願いを数々の作品に込めてきた吉永小百合の120本目となる出演作が「北の桜守」である。「北の零年」(2005年)、「北のカナリアたち」(2012年)に続いて、広大な北海道を舞台に、激動の時代を生き抜いた親子の愛と絆の物語だ。

 1945年8月9日、ソ連が対日参戦。日本領だった南樺太(ロシア・サハリン南部)に侵攻を始めた。多くの日本人が土地を追われ、命を失った。製材所を営む江蓮家にも危険が迫り、てつ(吉永小百合)は夫徳次郎(阿部寛)と再会の約束を胸に、2人の息子を連れて命からがら網走に引き揚げてきた。

 それから26年、渡米していた次男の修二郎(堺雅人)は札幌で外食チェーンの日本上陸一号店を開くため帰国。多忙を極める中でもたらされたのは、網走で元気に暮らしているとばかり思っていた母親の老いと病気だった。

 15年ぶりに再会した母親と2人で思い出をたどる旅の中で、封印されていた悲しい記憶が明かされていく。

 タイトルの「桜守」は桜を保護し育てる人のことである。子どもが生まれた時にまいた種から育ててきたてつにとって、幸せの象徴である桜は特別な意味を持つ木なのだ。

 まるで自分が桜の化身かのようにはかなく潔く、芯の強さを秘めた母を演じるのに、これほどふさわしい女優はいないのではないか―と、吉永小百合という映画女優の存在感に圧倒される。年齢を重ねても変わらぬりんとした美しさ。極寒の地で、体当たりで臨んだ撮影だけでなく、新たな試みにも挑戦している。実写だけでなく、劇中劇として舞台演出を取り入れ、引き揚げの道中で起きた悲劇を、演劇を見ているかのように幻想的に訴える。吉永にとって舞台演劇は初めてなのだという。

 史実を基にしたフィクションとはいえ、あまりにも多くの犠牲を払った残酷な歴史に、戦争の悲惨さを忘れてはならないと思う。

 監督は「おくりびと」(2008年)で日本映画初となるアカデミー賞外国語映画賞を受賞した滝田洋二郎監督だ。

=2時間6分
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(C)2017 New Classics Media,Kadokawa Corporation,Emperor Motion Pictures,Shengkai Film

 日中共同製作のチェン・カイコー監督の「空海 KU―KAI 美しき王妃の謎」は、夢枕獏原作「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」の映画化である。若き日の空海が遣唐使として渡った中国で繰り広げる冒険物語だ。

 密教の教えを求めて唐の都、長安に滞在する空海(染谷将太)は怪事件に巻き込まれる。

人語を話す黒猫の妖術にとりつかれた権力者が、次々と不審な死を遂げていたのだ。空海は詩人の白楽天(ホアン・シュアン)とともに、化け猫退治にとりかかるが、その陰に楊貴妃の死の秘密があることにたどりつく。

 過去からよみがえるのは玄宗皇帝、楊貴妃、李白、安禄山、そして遣唐使の阿倍仲麻呂(阿部寛)。歴史好きにはたまらない人物たちが登場し、スクリーンに息づく。

 日本に真言密教をもたらした偉大な僧であり、さまざまな伝説を残す天才僧侶、空海は陰陽師のようにたたりをはらい、幻術使いと対峙する。後に「長恨歌」で玄宗皇帝と楊貴妃の深い愛を詠んで大詩人となる白楽天が、シャーロックホームズとワトソンばりの名コンビで空海と事件の真相に迫る面白さがある。

 チェン・カイコー監督がみせる美の追求と本物へのこだわりは、本作でも健在だ。きらびやかな衣装の数々や原寸大で製作した遣唐使船、CGではなくオープンセットで作り上げた長安の都。デザインから完成まで6年の歳月をかけて完成した都は、東京ドーム8個分というから、何ともぜいたくである。壮大なスケールで描かれた時代絵巻は、1200年前にタイムスリップしたかのように圧巻だ。

 絶頂期を迎えていた唐で権力を振るう玄宗皇帝のちょう愛を一身に受け、「傾国の美女」と呼ばれた楊貴妃を演じたチャン・ロンロンはため息が出るほど美しい。彼女のために催された「極楽の宴」のシーンは、妖しく華やかだ。

 実際には中国語で撮影されているが、日本での公開は日本語吹き替え版。ボイスキャストの顔ぶれが実に豪華かつ芸達者ばかり。違和感なく悠久の歴史ロマンに浸れるファンタジー・エンターテインメントだ。
=2時間12分
(日本映画ペンクラブ会員ライター)
(2018年2月24日掲載)
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(C)Twentieth Century Fox Film Corporation

 19世紀半ばのアメリカで、ショービジネスの礎を築いた実在の興行師P・T・バーナム。「グレイテスト・ショーマン」は、彼のショーにかける情熱と家族への愛を描いたオリジナル・ミュージカルだ。

 貧しい育ちのバーナム(ヒュー・ジャックマン)は、幼なじみで名家の令嬢チャリティ(ミシェル・ウィリアムズ)と身分の違いを超えて結ばれる。かわいい娘にも恵まれ、豊かな生活を家族にさせたいと願うバーナムは、ショービジネスの世界に飛び込む。斬新なアイデアでショーをヒットさせるが、さらなる高みを目指すバーナムに思わぬ危険が待ち受けていた。

 バーナムが観客に差し出したのは、社会から疎外され、陰に隠れていた人々だ。男以上に立派なひげが生える女や、大人なのに体は少年のままの小人。一歩間違えれば、奇形を集めた見世物小屋の際どさを、個性あふれるパフォーマーとしてショーの世界で輝かせたバーナム。卑屈だった彼らが自信に満ちて、力強く歌い踊るオープニングから一気に物語の世界に引き込まれてしまう。

 「シカゴ」(2002年)「ドリームガールズ」(06年)「美女と野獣」(17年)などのミュージカル映画を手掛けたビル・コンドンが脚本を担当。「ラ・ラ・ランド」(17年)でアカデミー賞主題歌賞を受賞した名コンビ、ベンジ・パセックとジャスティン・ポールがオリジナルの楽曲で、ショーの世界へといざなう。

 バーナムに関わる人々のエピソードが物語を彩る。夢想家の夫に尽くす妻チャリティの揺るぎない愛。バーナムのビジネススタイルに魅了され、上流階級の生活を捨ててパートナーとなるフィリップ(ザック・エフロン)と空中ブランコのスター、アン(ゼンデイヤ)との恋はロマンチックで、2人が空中で心を通わせるシーンは夢の世界に羽ばたくようだ。

 ゴールデン・グローブ賞で主題歌賞を受賞した「ディス・イズ・ミー」は、外見や身分の違いではなく、ありのままで自分らしく生きていく心の叫びを歌い上げる。
    =1時間45分
(2018年2月17日掲載)