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 英国の女性参政権運動を描いた「未来を花束にして」の原題「サフラジェット」は、戦闘的な女性参政権活動家の蔑称で、約100年前の実話を基に生まれた物語だ。

 1912年のロンドン。女性の選挙権を要求する運動が激化していた。エメリン・パンクハースト(メリル・ストリープ)が率いる女性社会政治同盟が「言葉より行動を」と呼び掛け、電話線の切断、ポストの放火、家屋の爆破など破壊活動を行っていた。

 7歳から洗濯工場で働き続けているモード(キャリー・マリガン)は、破壊の現場で巻き込まれたことをきっかけに、自身も声を上げ始める。警察の取り締まりのターゲットにされた妻を恥じた夫は、息子を取り上げて離縁してしまう。

 安い賃金と劣悪な労働環境の中、教育も思想も無縁で、夫や上司に従順に生きてきたモードがなぜ立ち上がったのか。投獄され、愛する息子を奪われた孤独に耐えながら、次第に目覚めていくモードの瞳がまぶしく美しい。

 女性たちを当然の権利のように支配し、暴力を振るう社会に怒りを覚える。階級社会の英国で、男女平等の普通選挙が実現したのは1928年のことだ。平凡で名もなき女性たちの存在が、現在を築いてきたことを、私たちは思い知らされる。

 女性参政権が本格的に認められたのは20世紀になってから。日本では1945年の終戦後のことである。サウジアラビアはわずか2年前の2015年だった。長い闘いの歴史がいまなお続いていることに衝撃を受ける。

 女性初のアメリカ大統領誕生かと期待されたヒラリー・クリントン氏は、敗北宣言で「ガラスの天井」と口にした。女性の社会進出を阻む見えない壁の予想以上の分厚さに、落胆しながらも「いつかきっと誰かが破る」というメッセージを残した。

 この映画は過去を描いているのではなく、未来へ希望を託した女性たちの熱い願いに満ちている。
=1時間46分
(2017年3月18日号掲載)

=写真=(C)Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.
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 第2次大戦中のユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)の最重要戦犯として手配されていた元ナチス親衛隊中佐アドルフ・アイヒマン。「アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男」は、アイヒマン裁判の裏で、封印されてきた男の存在をサスペンスタッチで描いた実録ドラマである。

 戦争犯罪の告発に執念を燃やすフリッツ・バウアー検事長(ブルクハルト・クラウスナー)は、大勢の元ナチ党員が終戦後も中枢に居残り、捜査を妨害することに、いら立ちを隠せないでいた。

 ある日、ユダヤ人亡命者からの手紙で、アイヒマンがアルゼンチンのブエノスアイレスに潜伏していることを知る。水面下でアイヒマンの捕獲作戦に動き出すが、バウアーの敵対勢力も、彼の失脚を狙って謀略を巡らせていた。

 孤立無援のバウアーがどうやってアイヒマンを追い詰めたか。バウアーに協力した若い検事に忍び寄るわな。緊迫した展開が続く。

 ラース・クラウメ監督は「1950年代のドイツは、敗戦から経済復興に走り、戦争犯罪の追及がおろそかになった。歴史がどんどん記憶から消えようとする時の流れの中で、意識の風化との闘いに自身の存在意義を見いだした男の贖罪(しょくざい)の物語だ」と語る。

 自身がユダヤ人で、ホロコーストの犠牲者になりかけたバウアーは、負の遺産が未来をつくるという信念のもと、命をかけて徹底的に追及した。アウシュビッツに関わった人たちを裁き、ヒトラー暗殺を企て反逆者として捕らえられた人たちの名誉を回復するなど、ナチスが犯した戦争犯罪を白日の下にさらした功績がある。

 終戦から70年以上がたち、「アイヒマン・ショー」「ハンナ・アーレント」「顔のないヒトラーたち」「アイヒマンの後継者」など、アイヒマンが登場した多くの作品が制作されている。これらの作品が描く戦争の非道さ、反戦の願いを、21世紀に生きる私たちもくみとり共鳴したいと思う。

 ドイツアカデミー賞では作品賞、監督賞など6冠に輝いている。
=1時間45分
(2017年3月11日号掲載)

=写真=(C)2015 zero one film/TERZ Film
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 「LA LA LAND ラ・ラ・ランド」は、今年のアカデミー賞で史上最多の14部門にノミネートされている注目の作品だ。ジャズの鬼教師と生徒の確執を描いた「セッション」(2014年)で、高く評価されたデイミアン・チャゼル監督により、歌、音楽、ダンス、脚本の全てがオリジナルというミュージカル映画である。

 ハリウッドにやってきた女優志望のミア(エマ・ストーン)が恋に落ちた相手は、売れないジャズピアニストのセブ(ライアン・ゴズリング)。最初の出会いは最悪だったが、互いの夢を応援し合ううちに、深く愛し合うようになる。だが、セブが生活のために加わったバンドが成功したことから、2人の間に亀裂が生じてしまう。

 ラ・ラ・ランドは、ハリウッドの愛称で夢の国のことを指す。2人が初めてすれ違うフリーウェーでのシーンでは、大渋滞する車から次々と降りてきた人たちが歌い、踊る。この躍動的なオープニングは、ワンテイクで撮られていて、一気に映画の世界に引き込まれる。

 2人がデートするグリフィス天文台で、飛び立ったミアとセブが、星空を泳ぐようにステップを踏む幻想的なシーンは、かつてのフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの優雅なダンスを思い起こさせる。クラシック映画の名シーンを再現したかのようにロマンチックだ。

 赤や緑、黄、青の鮮やかな原色が衣装や背景に取り入れられている。色彩心理の視点からみても興味深い。

 主演の2人が歌やダンス、ピアノの猛特訓を重ね、吹き替えではなく、自身でこなした役者魂にも圧倒される。

 ナチュラルでいて、計算し尽くされた監督の手腕のしたたかさ、現代的なセンスとハリウッドの黄金時代にオマージュをささげたミュージカルシーン、成功の代償と愛を問う普遍性―。監督のこだわりから生まれた三位一体の魅力にあふれている。

 ゴールデン・グローブ賞では、作品、主演男優、主演女優、監督、主題歌、作曲の各賞をはじめ、最多7部門を受賞。ミュージカル映画としてパーフェクトな作品となった。
=2時間8分
(2017年2月25日号掲載)

=写真=(C)2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved. Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND. Photo courtesy of Lionsgate. 
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 「マリアンヌ」は第2次大戦中のフランス領モロッコのカサブランカが舞台だ。名作「カサブランカ」(1942年)と同じ舞台から、また一つ愛のドラマが誕生した。

 ナチスドイツの脅威に対抗して、26カ国が連合軍を結成したばかりの1942年。イギリスの諜報(ちょうほう)員マックス(ブラッド・ピット)は、カサブランカに潜入する。一足先に送り込まれたフランスのレジスタンス、マリアンヌ(マリオン・コティヤール)と夫婦を装い、滞在中のドイツ大使を暗殺するという危険な任務だった。

 魅力的なカップルを演じ、ドイツ人たちの信用を得た2人は見事にミッションに成功。死線を越えて闘った2人は、ひかれあい結婚する。聡明(そうめい)で美しい妻と愛らしい娘とのロンドンでの3人暮らしをしていた。だが、思いがけない疑惑をかけられ、幸せな日常が一変してしまう。

 スパイ同士の禁断の愛。恋に命を賭した2人のスパイの実話を基に、オリジナルの脚本が書き上げられたという。

 だましのプロであるマックスとマリアンヌ。互いに素顔を隠した2人の結婚は、真実の愛なのか陰謀なのか。最後の瞬間まで、観客はその答えを探して、スクリーンから目が離せない。

 周囲の人間を一目でとりこにするミステリアスな美女役のコティヤールのあでやかさ。冷徹で腕利きのスパイを演じたピットはこれまで、二枚目より演技重視の奇抜な役柄が多かったが、久しぶりに端正な素顔を全開。美男美女が表情や目線でせりふ以上に語りあう大人の愛に、うっとりとしてしまう。果てしないモロッコの砂漠で、押し殺してきた感情を解き放った2人が、激しく求め合うシーンは象徴的で切ない。

 監督は「フォレスト・ガンプ/一期一会」(1994年)でアカデミー賞を受賞したロバート・ゼメキス。スパイが暗躍する戦争ドラマの緊張感と男女の愛を織り交ぜて、サスペンスに満ちたラブストーリーを作り上げた。

 1940年代を再現した洗練された衣装は、アカデミー賞衣装デザイン賞にノミネートされている。
 過酷な運命に翻弄(ほんろう)された愛の物語は、あまりにも悲しく美しい。
=2時間4分
(2017年2月18日号掲載)

=写真=(C)2016 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
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 シャブリ、ロマネコンティ、ボージョレ...。世界的なワインを生み出す有名ワイナリーが点在するフランスのブルゴーニュ地方。「ブルゴーニュで会いましょう」は老舗ワイナリーを舞台に、家族の絆と再生を描いた物語だ。

 鋭い味覚と豊富な知識を持つシャルリ(ジャリル・レスペール)は、パリで著名なワイン評論家。彼の辛口ガイドブックがワインの売れ行きを左右するほど、一目置かれている。

 そんな彼のもとに、実家のワイナリーが倒産の危機にひんしていることが伝えられる。由緒あるワイナリーだが、シャルリには、頑固な父親のフランソワ(ジェラール・ランバン)との確執から、20歳で故郷を飛び出した苦い過去があった。

 シャルリが戻ることで1年の猶予が与えられたが、利き酒はできてもワイン造りは全くの素人。ワイナリー復活のアイデアを思い付くが、失敗すれば、自分の名声もすべて失うもろ刃の剣だった。

 ジェローム・ル・メール監督はブルゴーニュに魅せられ、発想から10年かけて作品を完成させた。シャルリ役のレスペールも、監督としても活躍している。

 名優たちの共演とともに見逃せないのは、ブルゴーニュを旅するかのような映像の素晴らしさだ。ルネサンス時代や中世の城が点在する歴史と豊かな自然。全編ブルゴーニュでの撮影はフランス映画史上初めてという。

 スクリーンに広がる豊かな大地。土造りから収穫まで厳しい管理が続く。その年の気候や土地の性質、作り手の経験がものをいう熟練の世界である。収穫のタイミングを一つ間違えただけで、別物になってしまうという繊細なワインの世界に驚いた。ワイン誕生の過程が丁寧に描かれて興味深い。テイスティングのシーンではうんちくの数々が楽しくて、ワイングラスを片手に見たくなる。

 後継者問題、ライバルワイナリーの一人娘とのロミオとジュリエットばりの恋も、物語の大切なスパイスだ。

 ワインと恋と人生が重なり合い、レガシーが生まれる。芳醇(ほうじゅん)な香りに包まれるような幸せな物語だ。
=1時間37分
(2017年2月11日号掲載)

=写真=(C)ALTER FILMS - TF1 FILM PRODUCTIONS - SND
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 「恋妻家宮本」は、愛妻家ではなく、妻に恋する夫という造語をタイトルにして、熟年離婚の危機を描いたコメディーである。重松清の小説「ファミレス」を「家政婦のミタ」の脚本家として知られる遊川和彦が、脚本・監督を手掛けた家族のハートウォーミングな物語だ。

 大学時代に「できちゃった結婚」をした陽平(阿部寛)と美代子(天海祐希)は、一人息子が結婚して独立したため、50歳で初めて二人きりの生活をスタートさせる。ところが、本棚から妻が隠していた離婚届を偶然見つけた陽平は、問いただす勇気もなく、疑心暗鬼に陥り悶々(もんもん)と苦悩の日々を過ごすのだった。

 不器用だけれど、中学校の教師として真面目に働く陽平のキャラクター全開となるのが、原作のタイトルでもあるファミレス。種類豊富なメニューを前に注文が決められない優柔不断さに、イラッとさせられながらも、あまりに見事なダメっぷりに笑ってしまう。

 実は、陽平を悩ます料理が物語の大切な脇役の一つだ。料理は家族の絆を強め、相手を思いやる心を込めた料理はかたくなな心も動かすパワーがある。

 陽平が趣味で通う料理教室で出会う主婦や婚約中の女性とのエピソード。母親の不倫から家庭に問題を抱えている受け持ちの生徒、井上少年のために腕振るう陽平の料理の数々も見どころだ。

 大なり小なり、人生は常に選択をしながら歩んでいくものだが、何が正しいか、結論を出すのは難しい。妊娠によって互いの夢を大きく修正しながら27年連れ添った夫婦が、人生の後半でどんな答えを出すのか。

 いつしか関心が薄れて空気のような存在になった二人。妻の本音、夫の本音、心の声を紡いで、笑いと涙にあふれるドラマチックなエンターテインメントに仕上げた脚本はさすがだ。夫婦のありかたを問い掛けながら、切なさがじんわりと心に染みてくる。

 エンドロールに吉田拓郎の「今日までそして明日から」が流れる。45年も前の作品なのに、なぜかピタリと物語にはまっていることに驚く。人生を共に支えあう熟年カップル必見のデートムービーだ。
=1時間57分
(2017年1月28日号掲載)

=写真=(C)2017  『恋妻家宮本』製作委員会
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 貧しい村を野武士の略奪から守るため、農民に雇われた侍たちが戦う黒沢明監督の「七人の侍」(1954年)は、物語を貫くリアリズムと迫力ある映像で、世界の映画史に大きな影響を与えた。

 1960年にハリウッドで「荒野の七人」のタイトルでリメークされ、ユル・ブリンナー、スティーブ・マックイーン、チャールズ・ブロンソンらが、メキシコの寒村を舞台に、わずかな報酬で命をかけて悪と闘うすご腕の男たちを演じた。

 義侠心(ぎきょうしん)あふれる7人の男たちの正義の戦いが再びリメークされたのが、今回の「マグニフィセント・セブン(崇高な7人)」である。

 1879年、アメリカ西部の町。非道な実業家ボーグ(ピーター・サースガード)は、開拓者たちが苦労して築いた土地を手に入れようと、暴力で立ち退きを迫っていた。

 夫を殺されたエマは、町民から全財産をかき集め、用心棒探しに出掛ける。お尋ね者を追っていたチザム(デンゼル・ワシントン)は、町の窮状を知り、ギャンブラーのファラデー(クリス・プラット)や、南北戦争で活躍したスナイパー、グッドナイト(イーサン・ホーク)、ナイフの達人ビリー(イ・ビョンホン)ら、7人の仲間と立ち向かう。

 南北戦争後の設定で、主人公が黒人、ネーティブ・アメリカン、アジア人、メキシコ人とさまざまな人たちが登場する。助っ人探しに真っ先に立ち上がるのが女性という進化も、実に21世紀らしい。巨大な富を持つ資本家が人々から搾取する悪の構図は、現代にも通ずるものがある。

 銃やナイフに弓矢の激しい撃ち合いは見せ場もたっぷり。斬新なアクションも見どころだ。

 黒沢作品では「勝ったのは百姓たちだ」という最後のせりふが印象的だったが、ハリウッド版は、どこまでも孤高のガンマンたちがそれぞれに持つ美学が描かれる。これぞ西部劇といわんばかりのド派手なアクション満載の痛快娯楽ウエスタンだ。

 壮大な西部に流れるテーマ曲は、「タイタニック」でアカデミー賞受賞作曲家の故ジェームズ・ホーナーが手がけている。
=2時間13分
(2017年1月21日号掲載)
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 スウェーデンで国民の5人に1人が見たという大ヒット映画「幸せなひとりぼっち」が公開される。

 原題は「オーヴェという名前の男」で、ベストセラー作家フレドリック・バックマンのデビュー小説だ。主人公は、偏屈で無愛想な頑固おやじ。40章のエピソードで一人の男の人生をつづった。ユーモアとペーソスあふれる物語の映画化だ。

 男は、不機嫌な顔で住宅の周りや駐車違反をチェックするのが日課。ルールに厳しく、周囲から煙たがられている。

 妻に先立たれ、43年間働いた会社から突然リストラされて絶望し、自殺を決意するが、隣に越してきたイラン人の妊婦パルヴァネ一家の騒ぎに巻き込まれて頓挫。渋々手助けするうちに、隣人たちとの間に友情が芽生え始める。心を開き始めたオーヴェは、自分の人生を見つめ直していく。

 首つり、鉄道への飛び込み、ライフルと、自殺を図るたびに邪魔が入り、ままならない。「死ぬのも簡単じゃない」とぼやく場面は、本当は切実なのだが、何ともおかしくて、つい吹き出してしまう。

 父親の気質を継いだオーヴェは、勤勉、実直。貧しく不器用だが、信念と誇りは失っていない。そんなオーヴェは、愛する女性ソーニャと運命の出会いで結婚。キラキラ輝く若い日々の回想シーンは、切ないほどに美しい。

 高齢や障害などオーヴェが直面する社会福祉の現状も闘う相手だ。オーヴェの喜びと悲しみが明かされるたびに、ただの頑固者という目で見ていたことが間違いなのだと思い知らされる。

 なじみの薄い北欧映画だが、青年オーヴェ役のフィリップ・ベリ、ソーニャ役のイーダ・エングヴォルの2人が魅力的で印象深い。

 複雑なオーヴェを演じたロルフ・ラスゴードは、スウェーデンのアカデミー賞といわれるゴールデン・ビートル賞で最優秀主演男優賞を受賞。米アカデミー賞外国語映画賞のスウェーデン代表作品にも選ばれている。

 オーヴェの人生を共に振り返ったとき、いつしか心地よい涙が頬をつたい、温かい感動で胸がいっぱいになる。
=1時間56分
(2017年1月14日号)

=写真=(C)Tre Vanner Produktion AB. All rights reserved.
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 「湯を沸かすほどの熱い愛」は、国内外の映画祭で数々の賞を受けた「チチを撮りに」(2012年)など、家族をテーマに作品を撮り続けてきた中野量太監督のオリジナル脚本作品である。突然、終活をしなければならなくなった母親と家族の再生の物語だ。

 銭湯「幸の湯」は、1年前に経営者の一浩(オダギリジョー)が蒸発したため、休業中。妻の双葉(宮沢りえ)はパートで家計を支えながら、娘の安澄(杉咲花)と2人で暮らしている。

 ところが、双葉は突然倒れ、精密検査で余命わずかと宣告を下されてしまう。「ステージ4の末期がん」となった双葉は、気丈に自分を奮い立たせると、愛する家族のためにやらなければならないことを次々に実行していく。

 双葉が動くことで、家族の秘密が次第に明らかにされる。高校生の安澄はクラスメートのいじめで不登校寸前だ。気弱で幼さの残る娘には、慰めではなく自ら立ち向かう強さを教える。連れ戻した夫には、身勝手な浮気相手から押し付けられた幼い少女も一緒だ。

 家族旅行の旅先で知り合ったヒッチハイカーの青年(松坂桃李)など、居場所を求めてさまよう人々が、「幸の湯」に集まってくる。双葉自身が失うことの悲しみを知る人間だからこそ、新たな出会いと絆が結ばれていく。

 揺れ動きながら成長する繊細な演技が印象的な安澄役の杉咲花。お人よしで、どこか憎めないダメ夫をユーモラスに演じたオダギリジョー。家族の全てを受け入れる包容力と慈愛を全身で表現し、日本のお母ちゃんになりきった宮沢りえの入魂の演技は圧巻だ。

 残された時間を、自分が愛するもののためにすべて注ぎ込む双葉のポジティブな生きざまが、死にいく母という悲壮感を乗り越える。幾つものエピソードと伏線を重ねて、その先に見えてくるのは「湯を沸かすほどの熱い愛」というタイトルに込めた中野監督の思いだ。

 笑いと涙の絶妙なバランスが生み出す心地よさ。見知らぬ人間同士が湯船で癒やされる銭湯のように、いつしかほのぼのと温かい感動に包まれる。
=2時間5分
(2016年12月24日号掲載)

=写真=(C) 2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会
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 絶世の音痴がカーネギーホールの舞台に立つ。「マダム・フローレンス! 夢見るふたり」は、今なお語り継がれる実在の歌姫、フローレンス・フォスター・ジェンキンスの真実の物語だ。

 ニューヨーク社交界の花形、マダム・フローレンス(メリル・ストリープ)の夢はソプラノ歌手になること。資産家の彼女は音楽家を支援し、自ら主宰するサロンのコンサートで大成功を収めている。その陰には彼女を守ろうと奔走する夫シンクレア(ヒュー・グラント)の貢献があった。

 音痴という自分の欠陥に気付かないフローレンスは、カーネギーホールでリサイタルを開くことを決意する。チケットは即完売。1944年10月25日、ついにカーネギーホールの幕が上がった。

 8歳でコンサートを行い、天才ピアニストとして注目を集めたフローレンスは、音楽の道を志したが、父親の反対で断念。膨大な遺産を相続後は、慈善活動やニューヨークの音楽シーンに貢献した。

 遠くを夢みる乙女のようなまなざし、天真らんまんでしかも類いまれな音痴というユニークなキャラクターを演じたメリル・ストリープは、3度のオスカーを受賞した名女優。58歳で挑戦したミュージカル「マンマ・ミーア」(2008年)で歌のうまさには定評がある。

 東京国際映画祭で来日したメリルは「実際にオペラのコーチをつけて、きちんとアリアを歌えるようにしてから、2週間で崩すトレーニングをした」と完璧な音痴になりきったエピソードを披露した。

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 命がけで音楽を愛するいじらしさ。彼女の過去が次第に明らかになるたびに、人柄や突拍子もない歌声にだんだん引き込まれていくのが不思議だ。夫婦の愛も型破り。彼女と夢を共有する献身的なシンクレアを演じたヒュー・グラントとの相性の良さが、ラブストーリーを際立たせる。

 この作品のジャンルを決めるのは難しい。おかしくて悲しくて、心を揺さぶるほどにいとおしい。さまざまな魅力が詰まった物語だ。
=1時間51分

=写真1=メリル・ストリープ
=写真2=(C)2016 Pathe Productions Limited. All Rights Reserved.